『七つの大罪』ぼちぼち感想

漫画『七つの大罪』(著:鈴木央)の感想と考察。だいたい的外れ。ネタバレ基本。

【元ネタ】メリオダス、エリザベス、ホーク

※『七つの大罪』の主要キャラや事物に散見できる、アーサー王伝説などの古典や伝承が元ネタ? と思われるもののメモ。

 

メリオダスとエリザベス
⇒悲恋のカップル、リオネス王メリオダスと王妃エリザベス

恋物語『トリスタン(トリストラム)とイゾルデ(イズー/イソウド)』は、中世ヨーロッパの有名なロマンスです。

この物語の原型は古代ケルトにあり、それが吟遊詩人や恋愛詩人たちに脚色を加えられつつ歌い継がれ、12世紀頃のフランスにて、今知られる形に概ね定まったと推測されています。これが雛型となり、フランス、ドイツなどで様々なリメイク、アレンジ版が作られていきました。

ものによって細部もキャラの名前も違いますが、最も知られるトマス・マロリー(15世紀のイングランド人)による『アーサー王の死』中の円卓の騎士トリストラムの物語には、トリストラムの両親として「リオネス王メリオダスと王妃エリザベス」が登場します。(有名さでは双璧と言える、ゴットフリート版『トリスタン』(13世紀ドイツ)や、その系統のトリスタン物語では「パルメニーエ王リヴァリーン/リヴァラン Riwalîn と王妃ブランシュフルール Blanscheflûr」になっていて、名前が違います。)

 

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リオネスの若き王であったメリオダスは、近隣国コーンウォールの王マークの妹、エリザベスを妃に迎えます。マロリーは全く詳細を語っていませんが、ゴットフリートによれば、二人の馴れ初めは次のようなものです。

パルメニーエ(ブルターニュ近隣にあったとされる国)の若き領主リヴァリーン、別名カネーレングレス(メリオダスに相当)は、自らの主君筋に当たるモルガーン公と土地を巡って争っていました。戦に勝利して和睦した後、留守を忠臣ルーアルに任せて騎士修行に出ます。当時名君として名高かったクルネワル王マルケ(コーンウォール王マークに相当)の宮廷に一年間滞在し、その薫陶を受けて、より騎士らしい立ち居振る舞いを学ぼうというわけでした。

そこで開催された騎士競技会トーナメント(騎馬槍試合)が二人の出会いの場となりました。輝く五月のその日、彼の美々しい武者ぶりを貴婦人たちは讃嘆し、一方の男性陣は、マルケ王の妹ブランシュフルール(エリザベスに相当。名は「白い花」の意)の清廉で貞淑な美しさに目を奪われていました。

二人は惹かれあい、離れがたく甘い毒のような恋に苦しみます。互いに片想いだとばかり思っていたのです。また、ブランシュフルールは大国の姫。リヴァリーンは小国の領主に過ぎない。兄王が交際を許すとは思われません。

間もなくクルネワル国が他国の侵攻を受け、勇猛なリヴァリーンは自ら戦に加わり武勲を立てました。しかし脇腹に重傷を負って瀕死になります。彼の人柄を慕っていた宮廷中の人々が悲しむ中、ブランシュフルールは家庭教師の助言で乞食に変装し、密かにリヴァリーンを訪ねて、想いを込めたキスをしました。

乙女の愛は奇跡を起こすものです。騎士物語ロマンスにおいては、ヒロインは妖精~女神~魔女のような不思議な魔力を持つのが暗黙の了解的な定番。この場合、愛する男性の傷を癒す力を、彼女は持っていたわけです。

リヴァリーンは奇跡的に回復しました。色々と元気になった彼は自分の体を押し付け、幸せの中でほどなく二人は結ばれたのでした。元気になりすぎですね。

幸せの代償として、ブランシュフルールは恐ろしい秘密を抱え込むことになりました。リヴァリーンの子を身ごもったのです。当時、結婚前の乙女が男性と関係を持ち、まして妊娠するなど大変な禁忌。良くて勘当、悪ければ兄に殺されてもおかしくはない。そのどちらも彼女にとって恐ろしすぎる末路です。こんなこと誰にも言えません。

一方、リヴァリーンの元には自国から急使が訪れます。モルガーン公が裏切り、再び侵攻を開始したと言うのです。急遽帰国を決めた彼にブランシュフルールは打ち明けました。お腹にあなたの子がいます、このままでは兄に殺されるか、追放されて名誉を失い、父のいる子を私生児扱いにして一人で産み育てなければなりませんと。

リヴァリーンは、あなたの苦痛を私がもたらしたのなら力の限りなんとかすると言い、彼が帰国を諦めてこの国に留まるか、彼女が自国を棄てて彼の国へ移るか、好きな方を選ぶよう告げました。ブランシュフルールは考えます。もし留まれば、彼は自国の危機を放置した領主として名誉を失う。自分が彼の国へ行くなら、今までの暮らしの全てと決別することになる…。不安に惑う彼女に、彼は、ずっと傍にいる、一生守ると誓いました。

リヴァリーンがマルケ王に帰国の挨拶をしている間にブランシュフルールが帰国船にこっそり乗り込む方法で、二人は駆け落ちをしました。(マルケ王は追手をかけませんでした。暗黙のうちに許してくれたのかもしれません。)

パルメニーエに着くと、忠臣ルーアルの助言に従って、モルガーン公との戦に赴く前に教会で正式に結婚を宣言しました。これで産まれてくる子供は私生児にならずに済み、名誉も確保されたわけです。戦が終わったら宮廷で盛大な披露宴をしましょうとルーアルは提案してくれました。

しかしリヴァリーンが戻ることはありませんでした。モルガーン公との戦いで再び重傷を負い、帰ることができずに死んだのです。

ブランシュフルールの悲しみはひどく、心は石となり、口も思考も全てが死んで、手足は萎えてくずおれ、涙すら出ませんでした。やがて産気づいて四日間もだえ苦しんで男児を産み落とすと、すぐに息を引き取ったのです。

男の子は、モルガーン公から隠すため忠臣ルーアル夫妻の子として育てられ、「悲しみの子」を意味するトリスタンと名付けられました。七つになると最良の教育のため従士ゴヴェルナルに預けて騎士に必要なあらゆる教養を身につけさせました。ところが大変な美少年だったため14歳の時に誘拐され、色々あって猟師の養子になり、どんな運命のいたずらか互いにそれを知らないまま伯父であるマルケ王の宮廷に入って重用され、後に、彼を探し当てた忠臣ルーアルの証言で血統が判明して後継ぎ候補になりました。未だ独身だった伯父はこの甥を大変に気に入って、我が子同然に見込んでくれていたのです。

しかしここから、愛と裏切りに満ちた、彼の波乱の人生が始まるのでした。

 

他方、マロリー版のメリオダスとエリザベスは、前述したとおり馴れ初めが語られません。二人はマーク王の許可を得て正式に結婚していて、エリザベス王妃が身ごもったところから物語が始まります。別作者のトリスタン物語には、戦で武勲を立てた褒賞として、リヴァリーンがブランシュフルールを兄王から正式に授けられたと語るものもありますから、そういう感じで結婚したんでしょうか。

 

メリオダス王とエリザベス王妃は間もなく子供が生まれる幸せな夫婦のはずでした。そこに横槍が。以前からメリオダスに横恋慕していた「妖精的な」女性(妖精そのものと解釈されることもあります。伝承の世界では魔女~女神~妖精は区別しがたいので)に惑わされ、森で狩りをしていたメリオダスは古城に誘い込まれて閉じ込められ、とりこにされてしまったのでした。(浦島太郎が竜宮城で宴会や乙姫に目を眩まされた状態と思ってください。なお、妖精の領域は異界~冥界ですから、これは「死」の暗示でもあります。)

帰らぬ夫を案じたエリザベスは、身重の体で従者たちと共に冷たい森を探し回りました。そこで産気づき、侍女の介助で男の子を産み落とすと、子供の洗礼名は「悲しみの子」を意味するトリストラムにするよう夫に伝えてほしいと言い遺して息を引き取ったのです。

やがてメリオダスが帰ってきました。魔法使いマーリンによって古城から助け出されたのです。王妃の死を知り、遺言に従って子供をトリストラムと名付けました。

7年経つとメリオダスブルターニュ公の娘と再婚し、何人か子供をもうけました。この継母は、優れたトリストラムがいると自分の子供が王位を継げないと考えて毒殺を目論みました。けれど手違いで自分の子の方が毒死し、メリオダス王も巻き添えを食う所でした。メリオダスは彼女を火刑にしようとしますが、トリストラムはそれを止めて仲直りさせます。父王は、継母から遠ざけるため彼をフランスに7年間留学させ、様々な教養を身につけさせました。その後は、父が亡くなったので母国に帰らず、伯父であるコーンウォール王マークに仕えることになります。

 

以降のトリスタン(トリストラム)の人生は、複数の別作者の物語を併せて語るに、概ね以下のような感じです。

伯父・マーク王はアイルランドに課せられた重税に苦しんでいました。逃れる条件はアイルランド王弟である百戦錬磨の騎士モーロルトとの勝負に勝つこと。トリスタンは志願して臨み、モーロルトを殺しましたが、彼の毒槍で癒えない傷を受けました。これを癒せるのは毒の調合者であるアイルランド王妃か、その娘<麗しのイゾルデ>姫だけ。伯父の協力で音楽家に変装してアイルランドに潜入し、なにしろ美青年で竪琴も上手でしたから、まんまと宮廷に入り込んでイゾルデに傷を癒してもらいます。やがて正体が露見して仇と憎まれたものの、アイルランド王は許してトリスタンを帰国させたのでした。

帰国したトリスタンは<麗しのイゾルデ>の美しさを語り、未だ独り身の伯父マーク王の妃に相応しいと宮廷が盛り上がって、トリスタンは求婚の使者として彼女を迎えに行きました。ところが、帰路で互いに媚薬を誤飲してしまい、逃れられない愛欲に囚われたのです。二人は愛し合い、彼女が伯父と結婚した後も不倫関係は続いて、やがて二人の仲に気付いた伯父は攻撃的になっていきました。

伯父はイゾルデを火刑に処そうとし、その前に慰み者にせんとライ病患者たちが彼女を小屋に連れ去るのも止めませんでした。そこにトリスタンが駆け付けて救出し、ついに二人は駆け落ちしたのです。

二人は森に隠れ住み、トリスタンが自作の「必ず当たる」弓矢で狩りをして暮らしました。ほどなく彼らを探し当てた伯父は、一つ寝床に眠る二人が真ん中に抜き身の剣を置いて肉体の貞節を保とうとしていたり、イゾルデが未だに自分との結婚指輪をしたままでいるのを見ると、怒りも消えて、剣と指輪を自分のものと交換しただけで帰りました。目覚めた二人は王の来訪に気付いて恐怖し、伯父が追手を取り下げたのも知らずに再び逃亡生活を始めたのでした。

一説に、それから三年後にかつて飲んだ媚薬の効果が切れ、二人は今の辛い境遇や、それを相手に課してしまったことを後悔して別れを決意したとされます。トリスタンはイゾルデを王宮に返し、自分も帰還を望みましたが受け入れてもらえませんでした。また別説では、トリスタンの留守中にマーク王の配下がイゾルデを拉致して城に連れ戻したとします。ともあれ、トリスタンはイゾルデと別れ、独り外国(ブルターニュ)へ旅立ったのでした。

彼はそこで、ブルターニュ公の息子・カエルダンと親友になり、その妹に求婚しました。彼女の名が偶然にもイゾルデだったからです。

しかし結婚してみて<麗しのイゾルデ>への未練を再確認したトリスタンは、妻となった<白い手のイゾルデ>に指一本触れず、全く愛そうとしませんでした。

その後、カエルダンと共に狩りに出たトリスタンは、そこで出会った騎士に助太刀を頼まれ、高慢者エストゥとその六人の兄弟と戦い、再び毒槍の傷を受けます。この傷を癒せるのは<麗しのイゾルデ>しかいない。そう思いつめた彼は、カエルダンにコーンウォールへの使いを頼みました。イゾルデに来てほしいと。一説に、二人を許した伯父・マーク王がイゾルデを送り出してくれたことになっています。(またまた別説では、マーク王こそが間男トリスタンを斬殺するのですが…。作者によってキャラ解釈が異なり過ぎです。)

収まらないのは妻の<白い手のイゾルデ>です。コーンウォールからの船に<麗しのイゾルデ>が乗っているなら白い帆を、いないなら黒い帆を揚げる手はずで、白い帆が揚がっていましたが、彼女は「黒い帆です」と嘘をつきました。瀕死のトリスタンは絶望して、彼女の名を呼びながら死んでしまい、それを知らされた<麗しのイゾルデ>も、悲しみのあまり心臓が潰れて彼の亡骸を抱きしめながら息絶えたのでした。
伯父マーク王は二人を並べて葬らせました。するとそれぞれの墓から木が生え出し、枝が絡みついて夫婦木となって、決して離れることが無かったそうです。(別説では、マーク王はわざと離して二人を葬り、それぞれの墓から蔦が伸びて絡まると断ち切らせましたが、何度切っても蔦は再び絡まって離れることが無かったとされます。)

 

余談ですが、トリスタンの物語は、骨子だけを取り出せは『ニーベルンゲンの指輪』でも有名なジークフリートとプリュンヒルデの悲恋物語とほぼ同じです。即ち、

  • 主人公は親の縁に薄い英雄。主君とは親しい間柄(親類、親友)である
  • 主君が外国の女神的な姫(運命の女)を花嫁に望み、主人公が求婚の使者として赴く
  • しかし、主人公の方が<運命の女>と恋愛に陥り、肉体関係を結ぶ
    (実は今回の求婚の件以前に彼女と出逢っていた)
  • なのに、主人公は<運命の女>と主君を結婚させ、自分は「親友の妹」と結婚する
  • 主人公がそんな矛盾と裏切りの行動をとったのは「薬」のせいである
    (トリスタンは「媚薬」を誤飲したため。ジークフリートは「忘れ薬」を飲まされたため)
  • ドロドロの四角関係が勃発してゴタゴタする
  • その果てに主人公が瀕死になる。助かるチャンスを「女の嫉妬」がふいにして、彼は死ぬ
  • 主人公の後を追って<運命の女>も死ぬ

というもの。肉付けこそ異なりますが、根が繋がった物語なんでしょうね。

 

 

この悲恋物語は「メリオダス王とエリザベス王妃」にも重ねられています。そもそもトリスタン物語の冒頭で「前史」として両親の悲恋が語られるのは、息子が父親の人生を踏襲するという「因縁」を語る仕掛けでもあるからです。

 

メリオダスと同じように、トリスタンは、本来結ばれない立場の女性と道に外れた恋に落ちる。彼女には彼の傷を癒す不思議な力がある。一度は想いを成就させますが、父がそうだったように、自身は殺され遺された女は悲痛のあまり死んでしまう。ハッピーエンドは訪れず、相似のバッドエンドが重ねられます。

とは言え、この親子二代の不幸な愛の物語が、読者に何らかの感銘を与えるのは確かなのでしょう。だからこそ語り継がれてきたわけですから。

愚かで不純で倫理に背き、未来に続かなかった愛。けれど、逆境にさらされようと薬の効果がなくなろうとも本当には消えず、他の誰も代わりになりえず、互いがなければ死に絶えるしかなかった。その激しさに、読者は一片の<真実の愛>を感じ得るのではないでしょうか。

 

余談ですが、ゴットフリート版には、亡き父リヴァリーンの財産をトリスタンが取り戻すエピソードがあります。伯父マルケ王に「お前にはすべき仕事があるはずだ」と背中を押され、父を殺したモルガーン公と対峙して領地の返還を要求するのです。モルガーン公は、お前の両親は同棲カップルに過ぎずお前も私生児だ、だからお前に財産権はないと嘲笑いますが、トリスタンは両親は正式に結婚しており私は嫡子ですと反論し、モルガーン公の頭蓋を剣で叩き割ったのです。更に忠臣ルーアル率いる援軍が駆け付け、彼は父が奪われていた領地を取り戻し、それをルーアル達に与えると、再び伯父・マルケ王の待つコーンウォールへ帰ったのでした。

両親の関係は道に外れたものではなく、正しい愛だったと、彼は証明せねばならなかった。恐らく、それは彼自身に訪れる未来、<麗しのイゾルデ>との愛の顛末の肯定ともなり得ることなのでしょう。

 

 

七つの大罪』作者の鈴木央氏は、2014年の雑誌『ダ・ヴィンチ』11月号のインタビューにて、もし『大罪』の続編を書くならメリオダスの息子トリスタンとアーサー王の円卓の騎士達が活躍する内容だと述べています。トリスタンは主役か、それに近いメインキャラとして構想されているようです。

しかし彼は「不幸な生い立ち」が前提のキャラ。なにせ「悲しみの子」という名前です。そうなると、『大罪』のメリオダスとエリザベスも、物語の最後で子供を遺して死んでしまうか、異界にでも姿を消す予定なのかもしれません。

…もし本当にそうなったとしても、「真実の愛の体現」こそが重要であるならば、その意味ではベターエンドということになるのでしょうか。

 

リオネス王国
⇒海に沈んだ伝説の国、リオネス

マロリーの『アーサー王の死』に登場するメリオダス王が治めていたリオネスは、曰くある伝説を持つ国です。

 

今のイングランド南西部、コーンウォール州のペンウィズ半島の最西端ランズ・エンド岬。(「世界の果て」という意味の地名です。)その大西洋へ開けた沖あいから半島を西に越えたマウント湾辺りの海域に、かつてリオネス/ライオネス/ローノイス Lyonesse という王国があったと伝説は語っています。半島から地続きの土地だったという説が主流ですが、島国だった風に言われていることもあります。

信憑度は定かではありませんが、リオネスの名は「ルーの島ルーネス」に由来するとの説があります。(「ルー Lugh」とはケルトの光明・太陽神のこと。)太陽の恵み受けて温暖かつ肥沃で、まさに光輝くように栄え、コーンウォールだけでなくアイルランド(エリン)とも交流があったとされます。

 

伝説のリオネスがあったとされる辺り、ランズ・エンド岬から50km弱の沖合いには、今はシリー諸島があります。5つの有人島と150以上の小島から成り、元は大きな陸地だったものが、海没して標高の高かった地点のみ島として残ったと見られています。4000年ほど前の青銅器時代には既に人が住み、紀元前1世紀頃はローマ帝国支配下にあったと遺跡や遺物から推測され、その頃から浸水が始まって7世紀頃に今の形になったのだと考えられているのです。

「シリー Scilly」の名は、これまた信憑度は定かではありませんが、ローマ人が「太陽の島々 Sully」と呼んだことに由来するとの説があります。

 

シリー諸島が伝説のリオネスの名残ではないかと強く言われるようになったのは16世紀からです。

ランズ・エンド岬とシリー諸島の中間地点には、セブンストーンズ・リーフという岩礁域があります。潮が引くと七~八つの岩が現れるこの海域は難破事故の起きやすい船の難所。16世紀に、ここで漁師の網に引っ掛かって窓枠が引き揚げられたことから海底の住居跡の存在が知られ、リオネス伝説が注目されることとなりました。

現在、地元の漁師はこの岩礁を「リオネス王都の遺跡ザ・タウン」と見なしています。凪いだ日には海底から教会の鐘の音が聞こえるという、まことしやかな噂もあります。

 

現実のシリー諸島の周囲は数世紀かけてゆっくり浸水していったと考えられていますが、伝説のリオネスは嵐と津波地震によって一夜で沈んだと言われます。

曰く、リオネスは肥沃な平野にあり、高貴な人々の住む豊かな国でした。幾つもの美しい街には140の教会が建ち、素晴らしい大聖堂もあったそうです。しかし、あるとき津波に呑まれて深淵に沈み、失われたと。

この危機を察知したのはトレヴェリアン Trevelyan、またはトレビリアン Trevilian という男だけでした。

一説に、彼は以前から海の様子を注意していて、妻ら家族と家畜をコーンウォールの内陸に逃がし、自身は白い馬を駆って、今のマラジオン Marazion(マウント湾に面した都市。300mほど沖に、イギリスのモン・サン・ミッシェルとして有名なセント・マイケルズ・マウント島がある。)近くの洞窟にまで無事逃げおおせたとされます。或いはこう言います。彼は一日狩りに出て木の下で眠っていました。夜中に物音で目を覚まして津波に気付き、連れていた白馬に飛び乗って、高台…今のランズ・エンド岬まで逃げのびたのだと。

 

この時、彼の白馬の蹄鉄が一つ失われたと語られることがあります。

まるで、逃げるシンデレラが川を飛び越える際に靴を片方落とすように。魔法の城から生命の水や眠り姫の純潔を盗んで逃走する英雄が片足の踵を鉄門に噛み取られるように。金羊毛を求めて世界の果てへ向かうアルゴー船が船尾を岩門に挟み取られるように。深淵に呑まれて滅んだリオネスには、「異界(冥界、あの世)」のイメージが重ねられているようです。

 

コーンウォールの名士・ビビアン家は、自分達の祖先こそリオネスから逃げのびた唯一の男だったとし、そのビビアン Vyvyan という男はリオネスの統治者だったとしています。厩舎にいたとき、振り返って津波が来るのに気づき、素早く鞍を置いて馬を駆ったため助かったのだと。彼らの土地トレロワレン Trelowarren は、そのとき馬が辿り着いた場所で、家紋の上部に乗った白馬は伝説に因んだものとされています。

余談ですが、海に沈んだ都市から、その統治者である男一人が馬で逃げおおせるというモチーフは、シリー諸島から大西洋を挟んで程近い、フランスのブルターニュ地方のイース(イス)伝説と共通していますね。

 

コーンウォール半島には他にも、聖ピランの上陸伝説で有名なペランの浜の沖合にあったという「Langarroc」という島の沈没伝説があります。そこは七つの教会のある富み栄えた島でしたが、流刑地としても使われており、「流刑人と地元の女性の結婚」という背徳のため、三日三晩の嵐によって神に滅ぼされたと。今でも嵐の夜には助けを呼ぶ声や教会の鐘の音が聞こえるのだとか。

 

 

トレヴェリアン伝説の時代設定はハッキリしませんが、5、6世紀頃と見なされることがあります。(1099年11月11日、1089年とされることもあります。)恐らく、リオネス滅亡がアーサー王の死と結びつけられて語られることがあり、彼の死が5世紀末~6世紀頭頃とされているからでしょう。

 

こんな伝説が地元に伝わっているそうです。

アーサー王が簒奪者モルドレットとのカムランの戦いで殺された後、アーサー軍の残党はモルドレット軍に追われて敗走し、リオネスまで逃れてきました。追撃するモルドレットがリオネスの中心部まで来たとき、晴天にわかに搔き曇って魔法使いマーリンの亡霊が現れ(彼はこの戦い以前に別件でこの世を去っていました。ただ、人によっては亡霊と言わないこともありますので、その場合は「実は生きていた」パターン?)、呪文を唱えて嵐と津波を起こしたので、モルドレット軍はリオネスと共に海底に消え、僅かに残った陸地(後のシリー諸島とセント・マイケルズ・マウント島)に逃れたアーサー軍だけが助かったと。

よく知られる『アーサー王の死』の顛末とは全く異なりますね。そちらではリオネスに行きませんし、マーリンの亡霊も出てきません。モルドレットと相打ちで瀕死になったアーサー王は、妖精的な女たちの導きで異界(あの世)アヴァロンに小舟で流れ去ったと、婉曲に英雄の退場が語られています。

 

アーサー王の死』をタネにしてアレンジを加えた、19世紀イギリスの詩人テニスンの長編詩『国王牧歌』では、アーサー王がモルドレットと行った最後の戦いの場所がリオネスの辺りとされ、いずれ深淵に沈むことを作者は不吉な文言で予告しています。明言はされていませんが、『聖書』にある神に滅ぼされた都市ソドムとゴモラのように、トリスタンとイゾルデの不倫、それへの憎しみのため背後からの不意打ちでトリスタンを殺したマーク王の騎士にあるまじき行い、こうした背徳によってリオネスは海に沈められたのだと、作者は言いたがっているように思います。

詩の最後では、小舟のアーサー王が向かうアヴァロンを海の果ての深淵として語っており、リオネスとアヴァロンのイメージを重ね合わせています。リオネスは滅んだことによって「あの世」になり、死者の王となるアーサー王の向かう地に同化したのでしょう。

(ちなみに、この詩では何故か、リオネスはトリスタンの故郷であると同時にマーク王の治める地だったことになっています。)

 

  

さて。リオネスの伝説について並べてみましたが。

大災害で一夜にして滅亡した王国が、『七つの大罪』メインキャラ達の所属する国のモデルだなんて、なんとも不吉ですね。しかもアーサー王の死の巻き添えでマーリンに滅ぼされるなんて。すごく不吉です。

尤も、伝承上でリオネスがあったとされている位置と、ファンブックに掲載されていた『七つの大罪』のリオネス王国の位置は全く違います。『七つの~』のリオネスは、今でいうスコットランドのハイランド地方、アーガイル・アンド・ビュート辺りに設定されていました。(アニメ版のアバンタイトルや第一期EDで使われていた地図を見るに、キンタイア半島全体がリオネス王国の領土ということなのかな?)

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当たり前ですけど、モデルと物語は違う、ということなんですね。
(ただし、連載第一回目のカラー扉絵に描かれていた地図では、リオネスの位置は伝承どおりでした。後に変更したようです。)

 

思えば『七つの~』には、巨大な空隙の底に消えて滅亡したダナフォールという王国が出てきます。メリオダスが16年前まで所属していた国です。海底(深淵)に消えて滅亡したリオネスのイメージは、こちらのエピソードで既に消化されているのかもしれません。

 

メリオダスの相棒・オウムのワンドル(ホークの前世)
アーサー王の相棒・魔法のオウム

 ホークに元ネタはなさそうです。けれど、彼の前世であるオウムのワンドルにはあるのかもしれない。そんな妄想をメモしておきます。

 

ホークの前世は、ワンドルという喋る鳥でした。

現時点、本編で語られた情報はそれしかありません。喋る鳥なんて古今東西の色んな物語に出てきますし、特異なものでもありません。

ただ、ある日ふと思ったのです。ワンドルの元ネタって『鸚鵡オウムの騎士』のオウムかな? と。

 

鸚鵡オウムの騎士 Le Chevalier du Papegau』とは、14~15世紀頭頃に書かれたとされる、著者不明のフランスの小説です。アーサー王伝説に包括される多くの物語は、王自身ではなく彼に仕える円卓の騎士たちを主人公とするものですが、これは珍しくアーサー王自身が冒険しています。

と言っても、私はまだこの小説を読めていません。入手しやすい邦訳がないようなので。中期フランス語で書かれた古書はWEB上で無料公開されていますけど、流石に読めぬわ。よって、細かいことは何も言えないのですが。

それでも大まかにあらすじを言えば、「キャメロットで行われたアーサー王戴冠式に始まり、彼の死で終わる」「アーサー王は魔法のオウムをお供にし、その導きで金髪の乙女と出会い、恋と冒険をする」「その過程で、海の怪物のような騎士、ユニコーンが乳で育てた若い巨人、ドワーフ等と出会う」「回転する刃が仕掛けられた橋を突破」という感じの話らしいです。見事に何のことやら判りませんね。どうも巨人と戦って、ドワーフを従者にしてオウムの世話をさせるっぽいですが…。

アーサー王の相棒となるオウムは、吟遊詩人的な立ち位置で冒険と恋を盛り上げ、王を導き、一方で皮肉な突っ込みを入れるキャラだそうです。

 

ある日ふと、ワンドルのモデルは『鸚鵡の騎士』のオウムかなと思ったのですが、根拠はありませんでした。そもそもワンドルはオウムなのか? キャラデザインを見るに、くちばしも羽の感じも、格別にオウムらしい形はしていません。オウムだと思えばそう見えるかなという程度。似たような鳥が背景にいることもありますが、イギリスの自然にオウムがいるはずはない。大きさや止まり木にとまった感じはオウムっぽいけれど…。

ただ「喋る鳥」とくれば真っ先に連想されるのはオウム。そして、当時はWEBのみで公開されていた『七つの大罪』第1話没版ネームを読むに、メリオダスに口やかましく説教したり突っ込みを入れたり、いいコンビぶりです。『七つの大罪』はアーサー王伝説を元ネタにしているというのですから、「魔法のオウムを連れた放浪の騎士」という要素を取り入れたんではなかろうかと。(そして、それを変形させて「喋る豚を連れた放浪の騎士」になったと。)

 

f:id:ikanimo:20150424222927j:plainこれだけなら泡のような妄想です。ただその後、アニメ版16話のアイキャッチイラストにワンドルが登場した際、羽色が赤や緑の混じったオウム風に彩色されていたので「おっ」と思いました。更にその後に発売されたファンブック(巻末の超百科)では、ワンドルを「人語を解し、喋るオウム」と解説していました。

 

おお、ワンドルはオウムで間違いないんだ。じゃあ本当に元ネタが『鸚鵡の騎士』なのかも?

そう色めきたってみたところで、あまり意味もないことなんですけどね。

 

ちなみに『鸚鵡の騎士』のアーサー王が使っている剣の名は「シャスティフォル」です。そう、キングの神器・霊槍シャスティフォルの名前の由来と思われます。よって、作者がこの小説をご存じであることだけは確かなはずです。

  

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