『七つの大罪』ぼちぼち感想

漫画『七つの大罪』(著:鈴木央)の感想と考察。だいたい的外れ。ネタバレ基本。

【元ネタ】キング、オスロー、ヘルブラム、ゲラード【1/4】

※『七つの大罪』の主要キャラや事物に散見できる、アーサー王伝説などの古典や伝承が元ネタ? と思われるもののメモ。

※この記事は4ページに分かれています。

 

 

最初に。

皆さんは「妖精」にどんなイメージを持っていますか?

虫の翅が生えている?

花びらの服を着ている?

耳が長~く尖っている?

 

実は、それらは19世紀以降の創作物で作られた、新しいイメージです。古い説話や民間伝承の妖精に翅は生えていませんし、耳も尖っていません。

 

 

大ざっぱに言えば、 妖精は日本の妖怪に相当する存在です。

地域や時代で、姿・名前・能力は多様ながら、古い神や死霊など「怪異(魔法)を示して幸や祟りをもたらす霊的存在」を包括しています。

 

しばしば「妖精は小さい、素早い、任意で姿を消す」と語られるのは、霊は目に見えない・見えにくい存在だからです。

彼らが住むとされる地下世界(岩や亀裂の底、床下、塚丘の中)や、水の向こう(島、水底、川や橋を渡った先)や、荒野や深い森の奥は、死者の霊が行くと想像された場所でもあります。

 

 

アイルランドのアルスターにこんな話が伝わっています。

ヒューキングという漁師が、漁からの帰り道、深夜にもかかわらず楽しげな祭りの輪に迷い込みました。その日はハロウィンで、あの世から出てきた妖精たちが楽しんでいたのです。見ているうちに気付いたことに、踊っている者はみな、生前知り合いだった死者でした。

日本でもお盆に帰ってきた死者が盆踊りの輪で踊るとされますが、アイルランドでも そのようです。

やがて四頭立ての馬車が乗りつけ、全身黒づくめの威厳ある紳士と、銀のヴェールを顔に垂らした美しい貴婦人が降りてきました。二人は妖精王フィンヴァラ Finnbheara と妃ウーナ Oona でした。

 

別の話では、競馬で勝ちたい若者に妖精王フィンヴァラが騎手を貸し、優勝後に自分の城に招待します。そこには きらびやかな人々が大勢いましたが、若者は次第に、それがみんな、生前知り合いだった死者であることに気付いたそうです。

妖精界(あの世・異界)に滞在したり飲み食いした人間は、帰れなくなったり浦島太郎状態になったと語られることも少なくありませんが、彼は何事もなく帰宅しました。ただし帰宅後に、身に着けていた腕輪が焼け焦げているのに気づいたそうです。若くして死んだ婚約者の形見でした。彼女が守ってくれたのかもしれません。

 

このように、妖精と死霊はイメージを重ねられるものです。

それを率いる妖精王は死者の王、冥王としての面を持っています。

冥王は死を与える恐ろしい存在でありつつ、無限の幸を有する恵み深い存在でもあります。あの世は死者が行く終わりの地であると同時に、新たな命が生じる始まりの地なのですから。

 

妖精王は死者の王(冥王)としての面を持つ。

これは伝承上の「妖精王ハーレクイン」を語るために欠かせない要素なので、心に留めておいてください。

 

 

キング
 ⇒妖精王オベロン

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キングの元ネタとして、読者の間で最も人口に膾炙しているのは妖精王オベロンでしょう。

オベロンはゲルマン系(北欧~ドイツ)の伝承をルーツとする妖精王です。

 

 

ゲルマンの妖精を調べると、しばしば、『エッダ』に準じた以下の分類が出てきます。

 

天上に住む白く美しく善良な精霊・アルファル、またはアルフ(英語で「エルフ」)

黒く邪悪な精霊・暗いアルファル(英語で「ダークエルフ」)

地下に住む醜く邪悪な小人・ドゥエルガル(英語で「ドワーフ」)

最も人間に非友好的で凶悪なトロール

 

実は、これは一説に過ぎず、民間伝承では その限りではありません。

 

エルフは天上でなく妖精の丘や人家の床下、森や荒野にいますし、必ずしも人間に好意的ではなく、機嫌を損ねれば祟ります。

ダークエルフドワーフトロールは厳密に区別されておらず、ドワーフトロールが幸を授けることもあります。 

 

ドワーフ冶金やきんに優れ、その作る武器や装身具は美しく・魔力があるとされます。または打ち出の小槌のような黄金の腕輪(指輪)を持っていて、無尽に宝を生み出すと。 

けれど、それら魔法具が呪われていて、入手した人間に災厄が起こったと語る伝承も少なくありません。

 

ワーグナーの歌劇ニーベルングの指輪』は、そんな伝承群(『ニーベルンゲンの歌』『ヴォルスンガ・サガ』『ティードレクス・サガ』など)を元にした物語です。

ドワーフが「邪悪」だというイメージは、ここに由来するのかもしれません。

 

しかし彼らが呪ったのは、脅されたり家族を殺されたりして、不本意に宝を奪い取られたからです。

彼らの危機を助けたり、試練をパスして認められたのならば、呪われていない宝を授けてくれますし、守護してくれることもあります。

 

 

『二―ベルングの指輪』には、アルベリッヒ というドワーフが登場します。

モデルは『ニーベルンゲンの歌』の「己の一族たるニーベルング族の宝を守る小人 アルブリヒ(アルベリッヒ)」と、『ヴォルスンガ・サガ』の「無尽に黄金を生み出す腕輪を持つ小人の王 アンドヴァリ」でしょう。

 

アルベリッヒは、二―ベルング族ニーベルンゲンの王です。ニーベルングとは「霧の国」を意味し、くらい冥界を暗示しています。

彼は「所有者に世界の全てを与える」黄金の指輪を持っていましたが、それをヴォータン(北欧神話の主神 オーディン)に奪い取られ、「指輪は全てを与えるが全てを奪う」と呪いをかけたのでした。

 

アルベリッヒは、愛を諦めた・姿も心も醜く矮小なキャラクターとして描かれています。

ところが劇中には、彼を「闇のアルベリッヒシュバルツ・アルベリッヒ Schwarz-Alberich」と呼ぶ一方で、ヴォータン(オーディン)を「光のアルベリッヒリヒト・アルベリッヒ Licht-Alberich」と呼ぶ場面があるのです。(さすらい人に変装したヴォータン自身がそう語る。)

魔槍を携えた無比の神オーディンと、パッとしない小人(子供のような体格)のアルベリッヒが、実は対であり、同じコインの表と裏のような存在であると暗示されています。

 

彼は どういう存在なのでしょうか? それは、名前が雄弁に語っています。

「アルベリッヒ Alberich」の前部分「alb」は「妖精エルフ Elf」を意味する「Alf」から派生し、後ろ部分「rich」は「王者、君主、力」を意味しますから、アルベリッヒとは「妖精王」という意味なのです。

 

えっ、ドワーフなのにエルフの王なのはおかしいって?

ですから、現在言われているほどには、古くはエルフやドワーフは区別されていなかったのでしょう。

(現在よく知られる、エルフやドワーフを「異種族」とみなすイメージは、トールキンの小説『指輪物語』と、その設定を借用したTRPGダンジョンズ&ドラゴンズ』の影響下にあります。)

 

 

さて。

ドイツの英雄叙事詩集『ヘルデンブッフ Heldenbuch(英語で言えばヒーローズ ブック)』に収められた『オルトニット(オトニト)』には、アルベリッヒは「エルベリッヒ Elberich」という名で登場します。これも「妖精王」という意味です。

 

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ロンバルディア(現在のイタリア近辺)の皇帝オルトニットは、己に相応しい最高の女と結婚したいと考え、まだ見ぬシリア(ここでは、西欧から見た東方世界全般を指す)の王女シッドラートに恋い焦がれます。

その花嫁略奪は、異教の地への危険な遠征に他なりません。

 

母の女王は息子を思い止まらせようと手を尽くしましたが、無駄と悟ると、出来る限りの手助けをしようと考え、宝石の付いた黄金の指輪を与えました。

この指輪の宝石が導く方へ進みなさい、丘の泉から小川が流れだし一本の菩提樹が生えた地に着いたら、あなたは一つの不思議に遭うでしょう、その冒険を果たしたら戻っていらっしゃいと。

 

宝石のナビを確認しながら一晩じゅう馬をローマ方向へ走らせて、指定された地に着いたオルトニットは、降り注ぐ陽光の中、大きな菩提樹の下に一人の子供が寝ているのを見ました。その服は、地上の どの王より豪華に金や宝石で飾られていました。

「君のお母さんは?」オルトニットは尋ね、子供を抱き上げました。

すると子供は目を覚まして攻撃してきましたが、なんと強いこと!

しかしオルトニットも12人力を持つと称えられ数多くの武勲を立ててきた英雄王です。激しい戦いの果てに取り押さえると、子供は、素晴らしい装具一式をやるから許してくれと懇願してきました。

 

その胴鎧は決して斬り裂けず、足鎧は見事な黄金、兜は皇帝に相応しい。盾はどんな剣にも負けない。

岩をも斬り裂く その剣は、世界中を見ても またとなく、金で飾られガラスよりも透き通っている。アルマリ Almari 山から運び出しギッケルサス Gűickelsass 山で鍛えて、清らな名を付けたのだ。その名は「薔薇ロッセ Rosen」!

 

承知したオルトニットが気を緩めたところ、子供は彼の指から母の指輪を抜き取りました。たちまち子供の姿が見えなくなったので慌てるオルトニット。指輪をなくしたら母に鞭でぶたれるじゃないか。手を振り回してみましたが何も捕まりません。

 

子供の正体は小人の王(妖精王)エルベリッヒ。彼の姿は本来 魔力で隠されており、指輪の力で見えるようになっていたのです。

エルベリッヒは立ち去り際に指輪を返し、爆弾発言を落としました。自分はオルトニットの本当の父だと。母に孝養を尽くすなら味方になって、異教の乙女を勝ち取る手助けもしようと。

 

(前皇帝は、己の妃を小人の王に与えたことがありました。つまりオルトニットの母は、エルベリッヒの妻だった時期があったのです。黄金の指輪は、元々エルベリッヒのものだったのでした。

 

余談ですが、菩提樹(リンデン)は、ドイツの伝承では しばしば 妖精王と出会う場所に生えています。神木なのでしょう。樹液からは甘い蜜が採れ、花は甘い芳香があってハーブとして使われ、ミツバチが群がって たっぷりの蜂蜜をもたらしました。不正を嫌うので、この木の下で裁判・忠誠の宣誓・結婚式が行われたそうです。ついでに、お釈迦様が悟りを開いたのも菩提樹の下です。)

 

定めた五月の日が来て、オルトニットは軍勢を率いてシリアへ出港しました。

シリアのシドン港に着くと、船は多く国力盛んな様子です。今更ながら、エルベリッヒを乗せずに来たことを後悔したのですが、彼は姿を消して ちゃんとマストの上に座っていました。

彼はオルトニットに宝石を一つくれました。これを口に含んでおけば、どんな言葉もペラペラになる。商人のふりをして入港するといいと助言も付けて。

まんまと入港したオルトニットは、夜になったら港町の住人を皆殺しにするつもりでした。しかしエルベリッヒは烈火のごとく怒って止めました。そんな卑怯なことをしてはならないと。

 

エルベリッヒは、自らオルトニットの使者としてシリアの都ムンタブルへ行き、求婚の意を伝えました。ぶしつけな願いに腹を立てた王は、この姿の見えない使者を殺そうとしましたが、なにしろ見えないので果たせません。

無事に戻ったエルベリッヒの報告を聞いたオルトニットは、話し合いでは無理と判断・軍を進めることにし、エルベリッヒが馬に乗って旗をかざし都まで先導しました。

その姿は指輪を持つオルトニットにしか見えないので、家臣たちは無人の馬が旗をなびかせて先頭を進むのに困惑し、あれは誰かとオルトニットに尋ねました。彼は予めエルベリッヒに言われていた通り「神の使いだ」と答えました。(エルベリッヒは、敬虔なキリスト教徒だったので。)

 

激しい戦いで多くの戦死者を出しながらも、彼らは ついに都に至りました。

エルベリッヒは都の城壁から大砲を投げ落として無力化し、それでも娘を渡すことを拒んだ王の髭や髪の毛を、嫌がらせに ちくちく むしりました。家臣たちはこの狼藉者を殺そうと武器を振り回しますが、見えないので どうにもできません。

それから、エルベリッヒは王女の元へ忍び込んで、キリスト教に改宗してオルトニットの妻になるよう勧めました。

姿の見えない声が聞こえ、彼女が崇める三神像(中世の西欧人は、イスラム教徒はマホメット、ターマガント、アポロンの三主神を崇めていると想像していました。そんな事実はないのですが。)が ひとりでに飛んで堀の中に投げ込まれたので、恐れをなした彼女は、父の身を案じて結婚を承知しました。

母にだけ別れを告げた彼女を、エルベリッヒは密かにオルトニットの元へ連れ去り、一行は出港しました。娘がいないことに気付いたシリアの王は荒れ狂いましたが、後の祭りでした。

 

なお、エルベリッヒは固く誓わせました。王女のキリスト教への改宗が済むまでは決して手を出してはならないと。オルトニットはそれを守りました。とは言え船上で王女を洗礼させたので、帰国して船から降りる前には、彼女を妻にしていたのでした。

 

王妃となったシッドラートは、キリスト教の神とはどんな方ですか、私は あの姿の見えない方が神かと思っていましたと言いました。オルトニットが、あれは神ではなく妖精の王だと明かすと、姿を見たいと望みます。オルトニットは同意して、みんなに姿を見せてくれとエルベリッヒに頼みました。

長い拒否の後、宝石が見え、太陽のような黄金が輝きました。ルビーとガーネットで飾られた見事な冠、それを被る小さなエルベリッヒが、王妃や家臣たち、老若男女全ての目に映るようになりました。

彼が小さな竪琴を取り出して奏でると、その旋律はホールに甘く反響して人々を感動させました。

エルベリッヒはオルトニットに沢山の財宝を与え、今回の遠征の戦死者の遺族に十分な補償をするよう助言すると、力を貸せるのはここまでと、別れを告げて見えなくなりました。

 

ここで終わればハッピーエンド。しかし、思いもよらぬ続きが語られています。

 

王女シッドラートは改宗の際にリーブガルトと名を改め、オルトニットと幸せな結婚生活を送っていましたが、故国のことは気にかかっていました。きっと父は怒っているだろうと。

そんなある日、故国から使者が。オルトニットに贈り物だというのです。父の怒りも薄れたのでしょうか。「春には会いに行く」というメッセージと共に送られてきた品々の中には、大きな卵が二つありました。

オルトニットの館に仕える巨人たちは、頭に魔石をいただいたトカゲの卵だと言いました。リーブガルトは それが見たくなり、孵化させておくれと命じました。

ところが、生まれたのは人食いの悪竜だったのです。

巨人族にとって竜はトカゲだったのでしょう。西欧の竜は、東洋の竜が喉に如意宝珠を持つように、頭の中に魔石が入っている、もしくは特定の方法で殺して頭を斬り裂くと血が固まって赤い魔石になると伝承されています。その石こそが願いを叶える如意宝珠…いわゆる「賢者の石」だとする説もあります。

竜は あっという間に成長して つがいとなり、多くの子を産み落としたので、国は荒れました。

 

皇帝として、オルトニットはそれを退治せねばなりません。巣を探して卵を潰さなければ。

リーブガルトは懸命に止めましたが、「もし私が帰らなかったら、竜を倒して私の仇を討ち、私の指輪を持ち帰った者を、新たな夫にしてほしい」と言い残して、ただ一匹の忠実な猟犬だけを伴に行ってしまいました。

 

荒れ地を行くオルトニットの前にエルベリッヒが現れ、戻るんだ、今戦っても勝てないぞと警告しました。しかしオルトニットの意志は固く、エルベリッヒも送り出すよりなかったのです。

 

竜の巣を探し回るうち、オルトニットは疲れて眠ってしまいました。

しかし、それは竜の呪い魔法でした。

竜は眠るオルトニットを傍の洞窟へ引きずり込む…そこが竜の巣でした…猟犬が必死に吠えましたが彼は目を醒ましません。

オルトニットはエルベリッヒに与えられた無敵の鎧を装備していました。しかし仔竜たちは鎧を傷つけることなく、その隙間から入り込んでいきました。

哀れ、洞窟の中で、彼は眠ったまま血を啜られ、無残な死を遂げてしまったのです。

 

一匹でしょんぼりと帰ってきた猟犬を見て、リーブガルトは夫の運命を悟りました。

王位と財産を狙う求婚者が、再婚を迫って彼女の前に むらがります。夫の遺した再婚の条件を盾に拒み続けた彼女は、ついに館の奥に幽閉されました。

傍にいるのは一人の従者だけ。哀しみの中で機を織り続けることしか、リーブガルトに できることはありませんでした。

 

 

『オルトニット』の物語はここで終わりです。

しかし『ヘルデンブッフ』はオムニバス形式の連作集で、その後の顛末が、メイン主人公・ウォルフディートリッヒの物語に接続しています。エルベリッヒも登場しますから、蛇足になりますが、ざっと書いておきましょう。

 

コンスタンチノーブルの王子ウォルフディートリッヒが、父の死後に奸臣に国を奪われかけ、盟友オルトニットの援助を求めてロンバルディアへやって来ました。

友の死とリーブガルトの苦難を知った彼は、すぐに竜退治に向かいます。というのも、彼女に亡くした妻の面影を見、恋してしまったからです。

 

荒れ地に行くと、エルベリッヒが現れて警告しました。行くのなら、決して眠ってはならないと。

しかしウォルフディートリッヒも魔法の眠りに抵抗できず、竜の巣に引きずり込まれてしまったのです。

けれど、彼は殺される前に目を醒ましました。近くにはオルトニットの薔薇剣ロッセと黄金の指輪が転がっています。すぐさま指輪を指にはめ、ロッセを振るうと、悪竜たちを滅ぼしたのでした。

 

ウォルフディートリッヒはオルトニットの館に戻りました。

ところが、我こそ竜を退治したと吹聴して、リーブガルトに再婚を迫っている男がいるではありませんか。ウォルフディートリッヒが倒した竜の死骸から頭を切り取って持ち帰り、証拠として掲げていたのです。

ウォルフディートリッヒは言いました。確かめてみろ、その竜に舌はあるか? 人々が見ると舌がありません。彼は懐から竜の舌を取り出しました。証拠にしようと予め切り取っておいたのです。

 

偽の英雄は追い払われ、リーブガルトはウォルフディートリッヒの指にはめられた、宝石の付いた黄金の指輪を見ました。

私の仇を討ち指輪を持ち帰った者を新たな夫に……

彼女は夫の遺言を思い出し、自ら彼を再婚相手に選んだのでした。

 

ロンバルディアの王となったウォルフディートリッヒは、軍を率いてコンスタンチノーブルに戻り、奸臣を倒して国を取り戻したということです。 

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『ヘルデンブッフ』は15世紀の本です。しかし物語自体は、もっと古くから伝承されていたのだろうと言われています。

 

「妖精王が、人間の王の困難な嫁取りを支援する」というモチーフは、フランク王国(フランスの前身)の神話的伝説にもあるそうです。

フランク王国を建てたクロヴィス1世の祖父 メロヴィクス(5世紀中頃の人物とされる)は、異界の王(冥王/妖精王)アルベリッヒと「兄弟」であり、アルベリッヒは、メロヴィクスの長男 ウォルバートが、コンスタンチノーブルの王女を手に入れる手助けをしたと。

 

同じくフランク王国を舞台にした、やはり似た話が、13世紀のフランスの英雄詩『ユオン・ド・ボルドーです。(作中の時代設定は9世紀)

これは『オルトニット』に類するゲルマン系の伝承を元に書かれたのだろうと言われています。

そして、お待たせしました、ここで ついにオベロンが登場します!

 

※以下の あらすじは、フランス版に依りつつ、英訳版(16世紀のバーナーズ卿による)の追加要素を補完しています。

 

すみません、あらすじが長いです。

詳しい全体内容が読める日本語の書籍やサイトが、現時点で存在しないようなので。折角だから、少し詳しめに書いてみました。

とゆーわけで、あらすじ不要な方はここをクリックして読み飛ばしてくださいね。

 

では、始めます。

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フランス(フランク王国ボルドーの公爵ユオンは、まだ少年と言っていい、うら若き騎士です。

父が死んで七年、幼過ぎて先延ばしにしていた家督相続の挨拶をすべく、王都パリのシャルル大帝シャルルマーニュカール大帝)の元へ出発しました。同行するのは弟 ジェラール Gérard (英語読みだとゲラード)と、選りすぐりの10人の騎士たち。

 

道中の森で、待ち伏せていた騎士に因縁をつけられ、弟が槍で傷を負わされました。ユオンはこれを返り討ちにして殺します。

ところが、それはシャルル大帝の長男・ろくでなしのシャルロ王子だったのです。奸臣 アムーリ Amauri にそそのかされ、ユオンを殺して領地を奪おうと考えていたのでした。

 

宮廷で、アムーリは「ユオンがシャルロ王子を故なく殺した」と嘘の証言をしました。憤怒したユオンは決闘を挑み、負けて命乞いしたアムーリを許さず殺害。結果、無実を証言する者がいなくなってしまったのです。

 

息子を溺愛していた大帝は怒り哀しみ、ユオンを永久に国外追放する・国内で見つけたら殺すと言い渡しますが、ユオンの おじである老臣・バイエルンのネーメス公爵らに強く諫められ、以下の条件を果たせば赦すと言いました。

 

●異教の国バビロンへ、大帝の使者として赴くこと。

●バビロンの提督・ガウディ Gaudise(英訳版ではゴーディス Gaudys)の夕食の席に、鎧兜を装備した状態で入って、彼の右側に座る(提督に次いで地位の高い)男の首を斬り落とすこと。

●ガウディの美しい娘・エスクラルモンド Esclarmonde の口に三度キスすること。

●ガウディの奥歯四本と あご髭 一掴みを抜いて持ち帰ること。

※シャルル大帝は、サラセン人(中世西欧でのイスラム教徒の総称)を憎んでいます。かつて和睦に失敗し、甥の聖騎士オルランド(ローラン)や、その親友・聖騎士オリヴィエが戦死したからです。

 

可能とは思えぬ条件をユオンは承諾し、故郷の母に別れの挨拶もできぬまま、弟・ジェラールに領地を任せて、バビロンへ旅立ちました。

同行するのは、故郷から伴う10人の騎士。これに、従兄のギシャール Guichard が自ら加わりました。

 

12人は まずローマに立ち寄り、教皇に会って「赦免」を求め、罪を浄められました。彼はユオンの母方の伯父です。優しく歓待してくれて、大船主 ギャリン Garin への紹介状を書いてくれました。海を渡る船を出してくれるでしょう。

 

王のように立派な風貌のギャリンは、ユオンの従兄であり、ユオンの亡き父 ボルドーセガンには優しくしてもらったと、大いに歓待してくれました。

彼は妻と二人の子供と涙の別れをして、旅に同行してくれました。

 

 

13人は海を渡って蛮地を行き、森で、鍬を持つ老人に遭遇しました。彼の灰色のあごひげは腰に達するほど長く、金の組み紐で綺麗に編まれています。

老人はユオンがキリスト教徒と知ると、鍬を投げ捨てて彼の足にキスしました。そして、あなたの顔にはセガン公爵の面影があると語るのです。

彼の名はジェフーム Géreaume(英訳版では ジェラムス Gerames)

ユオンの父が幼い頃から仕えていた騎士で、馬上試合トーナメントで聖騎士である伯爵を殺した贖罪に聖地エルサレムへ巡礼に出て、サラセン人に捕らえられ、二年の監獄生活の後、自分を捕らえていた提督の娘と恋に落ちて結婚、異邦人の間で10年暮らしたそうです。

残りの人生を神に捧げようと、以来30年、森で採った果物や草の根だけを食べ、伸ばした己の ひげをシャツにする(それだけで体を覆っている)隠者生活を送っていたと。

 

ユオンがバビロンへの道を尋ねると、彼は「安心なさい、一緒に行きますよ」と言いました。 

「まずは紅海へ向かわねばなりません。道は二つあり、私はどちらも通ったことがあります。

一方は二週間でバビロンに着けますが、とても危険です。

もう一方は到着に一年かかります。しかし、いい宿のある都市や町を通る安全な迂回路ですよ」

「馬鹿な、とても一年なんてかけていられない」とユオンが言うと、ジェフームは危険な道の説明をしました。

 

「短い方? そっちは大きな森が40リーグ(およそ178km)続きます。そこはオベロン Auberon(英訳版の綴り Oberon )と呼ばれる小人ナン(Nain フランス語でドワーフ系の妖精のこと)の領域なのです。

彼は3フィートの背丈(約91.5cm。子供の身長)しかありません。しかし夏の太陽よりも美しい(beau 綺麗、ハンサム、可愛らしい、魅力的)。彼と口をきいてしまったら、もう逃げられない。人生が終わるまで彼の王国に留まることになるでしょう。免れることはできません。

森に入って10リーグ(44kmほど)も行かないうちに、彼はあなたの前に現れるでしょう。愛想よく挨拶してきて魅惑チャームします。神のこと(良識的な話題)さえ話します。

あなたが返事をしなかったら、彼は嵐を起こします。雨と落雷で、木は ねじ曲がって倒れるので、あなたは恐怖でいっぱいになるでしょう。目の前に荒れ狂う大河が流れ出て、行く手を阻むでしょう。

けれど、その川は足も濡らさず渡ることができるのですよ。幻なんですから。

あなたが彼と口をきかない限り、彼はあなたを傷つけることができません。しかし返事してしまったら、あなたは残りの人生を失うでしょう、自分から喜んでね」

 

「心配するな、口はきかないよ」とユオンは言って、ジェフームに予備の馬を与え、一行は彼のガイドで出発したのでした。

 

 

14人の騎士たちは、すぐにオベロンの領域に入りました。

美しい草地を見つけ、馬を放して大木の下に休んでいた時でした。

 

不意に、森の奥から子供のように小柄な人物が現れたのを、彼らは見ました。(英訳版では「馬に乗って」現れる。ついでに、19世紀ブルフィンチの翻案版では「二輪戦車を駆って」現れます。時代が下るごとに乗りものが豪華に 笑)

彼は夏の太陽のように美しく、肩にはカールした金髪がかかり、金の組紐帯の付いた、たっぷりした絹の服を着ていました。絹と紐のどちらも彼の体の側面で結ばれていました。(英訳版では「太陽のような長衣を着ていた」)

手には銀の弓と金の矢を持ち、弓弦ゆづるは絹です。(英訳版は説明追加。「これは必中の弓矢で、どんな獲物でも外さず仕留めることができるのです。」)

首には金の環と金の紐で象牙の角笛を吊り下げていました。

 

(英訳版のみ追加。

この角笛は、セファロニア島(またはケファロニア島。英雄オデュッセウスの生地とされる実在のギリシアの島だが、ここではアヴァロン島と似た異界のニュアンスが強い)の四人の女妖精が力を合わせて作った魔法具です。

第一の女・グロリアンダ Gloriande は与えました。この笛の音を聴けば誰でも、直ちに あらゆる病が癒えて健康を保てる力を。

第二の女・トランシリーヌ Translyne は与えました。この笛の音を聴けば誰でも、たっぷり食べて最高級ワインを飲んだかのように、飢えや乾きを免れる力を。

第三の女・マルガーレ Margale は与えました。この笛の音を聴けば誰でも、浮かれた気分になって歌ったり踊ったりせずにいられなくなる力を。

第四の女・レンパトリックス Lempatrix は与えました。これを吹く旅人が世界のどこにいようとも、モンムル Monmur(オベロンの治める都。妖精界/冥界)の館にいるオベロンに、その音が聴こえる力を。

 

彼が角笛を吹くと、たちまち14人の騎士たちは楽しく歌って踊り始めました。

「もはや空腹も苦しみも感じない。あれは神か!」

ユオンが言うと、ジェフームは答えました。

「いいえ、あれが小人ナンのオベロンです。ここに永遠に留まりたくなかったら、彼と口をきかないでください」

 

その時、オベロンが近づいて、声高に言いました。

「私の森を通る14人の人間に挨拶しよう。真の神の名において、聖なる洗礼の水と聖油と塩によって、君に返礼を求めよう!」

 

ユオンたちは馬を置いてソッコー逃げました。

 

オベロンの目が怒りで燃え上がりました。

彼が指一本で パチン と角笛を弾くと、すぐに激しい嵐が起こりました。雨と風が荒れ狂い、落雷で木は倒れ、鳥獣が逃げまどっています。

恐怖に満たされたフランス人たちは道を急ぎましたが、30分後、ごうごうと泡立つ急流に阻まれました。

「逃げられない! 森に入らなければよかった!」とアワアワするユオンに「落ち着いてください、これは魔法です。乾いた地面を渡れますよ」とジェフーム。

そう言った途端に、嵐は収まって川も消えたではありませんか。

「今まで生きてた中で、こんなに怖かったことはないよ」とユオンは言いました。

(英訳版では、川の幻が消える前に、対岸に14の金の鐘楼に囲まれた美しい城の幻を見ます。ハッキリ言われてませんが、オベロンの宮殿らしい。)

 

騎士たちは戻って馬に乗り、旅を再開しました。

「私たちは逃げることができたんだな」

「まだ終わっていませんよ!」

すぐにジェフームの言葉通りになりました。

小さな橋を渡ろうとすると、急にオベロンが現れたのです。

「神よ! また悪魔がいるぞ!」

馬を押し戻してユオンが言うと、オベロンは言いました。

「君の言うことは間違っているね。私は悪魔でも悪霊でもない。もう一度、神の与えた洗礼の水と塩と聖油に誓って、君に返礼を求めに来た」

「逃げましょう!」ジェフームが言いました。「話を聞いたら惑わされます」

彼らは馬を走らせて逃げ出します。

が、急に止まりました。聴こえた角笛の音色が、彼らを馬から降ろして歌い踊らせたのです。

 

 オベロンは不機嫌でした。

「逃げられると思ってるとはね。私の言葉を無視すると高くつくよ」

角笛を銀の弓で三回叩くと、400人の武装した騎士が現れました。

我が主サー、何用ですか?」と彼らは尋ねました。

「言うのも悲しいことさ。この14人の騎士は、私の森を通っておきながら挨拶を返さず、返事もしなかった。

彼らは借りを支払わないといけない。捕らえて処刑しろ」 

すると、オベロンの第一の騎士であるグロリアン Gloriant が歩み出て言いました。

サー、そんなことやめましょうよ。処す前に もう一度 確かめてみては。彼らは ものを知らないんですから。

優しく話して安心させ、それでも拒否して暴言を吐くようなら、慈悲を与える必要はありませんけどね!」

オベロンはグロリアンに言いました。「そうだね、そうしよう」

 

その間に、人間たちは馬に乗って逃げていました。

「ずいぶん移動したから逃げられたはずだ。

しかし、神よ! あれほど美しい者に会ったことがないぞ。

見れば美しく、聴けば柔らかく、く神を語る! あれが地獄の悪魔ベルゼブブでも、どんなに悪しく恐るべきものであっても、人は返事をせずにいられまい! そこらの子供とはモノが違うよ」

ユオンが言うと、ジェフームが言いました。

「子供? はあ! イエス・キリストが降誕するより前に、あの ちびっこは生まれたのですよ」(英訳版では「キリスト降誕の40年前に生まれた」。ユオンの仕えるシャルル大帝は8~9世紀の人物なので、この物語のオベロンは800歳超ということになりますね。)

「そこは どうでもいいよ。言っておくが、彼が戻ってきたら、私は口をきくつもりだ。お前の機嫌が悪くならないことを祈るよ」

そう言い終えるより早く、オベロンが前に いました。

 

森の王は言いました。

「やあ。考えはまとまったかい? 造物主たる神の名のもとに、最後通牒に来たよ。私と口をきかずに私の森を通り抜けることができると思うだなんて、馬鹿げてる!」

 

オベロンは、ユオンが何者で、どんな理由で どこへ行くつもりなのか詳細に把握していました。そして、口をきくなら協力してあげよう、君が目的を果たすには私の協力は不可欠だし、それが済んだら、仲間も一緒に故国まで安全に送り届けてあげようと言いました。

 

「君が口をきかない原因は、そこにいるジェフームだろう。でも、これ以上は私を無視しない方がいい。この三日、ろくなものを食べていないのを知っているよ。もし私と話してくれるなら、君に十分な食事と休養を提供するし、自由に森を出発していい」

ユオンは言いました。「師匠サー。それはいいですね!」

「いい返事だ。君の礼節は報いられるだろう」

 

ユオンは、どうして私を しつこく追ってきたのかと尋ねました。

オベロンは「君を気に入ってる」と答えました。「今まで見た人間の中で、一番 誠実な心を持っているからね」

そして「君は私が何者かを知らないだろう。聞いておくれ」と、自身の生い立ちを語り始めたのです。

 

「私の父はジュリアス・シーザー。母はモルガン・ル・フェイ。 

(英訳版では、母を「隠された島の貴婦人 the Lady of the Privy Isle」として、名を伏せています。隠された島とは、セファロニア島のことらしい。

彼女の初カレはアルバニアの若き王子フロリモントだったが捨てられ、後に別の男と結婚して産んだ息子ネプタネブスがエジプト王になってアレキサンダー大王の父になり、その700年後、航海中にセファロニア島に引き寄せられたシーザーを歓待して愛を受け、オベロンを産んだと。

アレキサンダー大王はシーザーの300年ほど前の人物ですから、史実と辻褄は合っていませんが、要は「オベロンはローマの伝説の英雄たちの血縁である」という設定なんですね。)

私が生まれた時に盛大なパーティーが開かれ、三人の妖精フェイ(fées 仙女・魔女・女神的な妖精のこと)が母を訪ねて私の運命を祈念した。

(西欧には、子供が生まれると、夜中、揺り籠の傍らに1~3人の妖精または女神が現れて、その子供の一生の運命を告げる、または額に書きつけるという民間信仰があります。妖精を迎えるため産後の夜にテーブルにご馳走を並べたり、食べ物を少し供えておく風習もありました。妖精の機嫌を損ねたら、生まれた子供に不幸な運命を与えられるかもしれないので。

日本に その風習はありませんが、民間伝承に類似はあり「産神うぶがみ」と呼ばれています。)

でも、中の一人に、私たちは十分な敬意を払えていなかったのさ。彼女は私に、小人ナンになる運命さだめを贈った。それで私は三歳(五歳の間違い?)から後は、まるで姿が成長しなくなった。

けれど彼女は後悔して、償いのため別の贈り物をした。神の次に美しい者になると。

 

第二の妖精は、より良い贈り物をした。あらゆる人間の心を読み、その行動や罪の核心を知ることができる才を。

 

第三の妖精は、更に良い贈り物をした。望めば ドライ・ツリー(東洋と西洋の境界に生えているとマルコ・ポーロが伝えた伝説の木。世界の果て)にだって、自分も人も道具も建物も、好きなものを好きなだけ、一瞬で移動させられる才を。

私の都モンムルは、ここから400リーグ以上(1777kmほど)離れているけれど、速い馬が1エーカー(4047平方mほど)走るより速く移動できる。柱が大きくて何階もある宮殿も、あらゆる料理や飲み物ごと、ちょちょいとさ。

 

妖精たちに加えて、神は遥かに大きな贈り物を与えてくれた。

私は好きなだけ生きられるし、老いることもない。

私の席は ちゃんと天国に用意されているし、もう天国の全ての秘密も、天使の歌だって知っているけどね」

 

ユオンがヨイショするとオベロンは上機嫌になり、彼らに草の上に寝転ぶよう言って、すぐ「起きて」と言った時には、目の前に壮麗な宮殿が現れていました。

騎士たちは驚嘆しながら豪華な屋内に案内され、かつて母の妖精がアレキサンダー大王に与え、後にシーザーに渡されたという、金の象眼が施された象牙の肘掛け椅子に腰かけて、夕食を ご馳走になりました。

 

オベロンはユオンの隣に座り、旺盛な食欲で食べる彼に、親切に肉やパンを切り分けてやります。

けれどジェフームは食べませんでした。金のフィンガーボウルに涙を落とす彼に、オベロンは笑って言いました。

「心配しないでジェフーム。君が夕飯を食べたら、すぐ自由にしてあげるから」

ジェフーム老も、やっと安心しました。

 

食事を終えるとユオンは立ち上がり、「あなたは望み通り出発していいと言った、私たちは旅を再開します」と告げました。

「ちょっと待って」とオベロンは言います。「君に幾つか贈り物があるんだ。グロリアン、私のカップを持ってきてくれ」

持ってくると、

「ユオン、これを見たら君は偉大な力を感じるだろう。さあ、空の杯を見て」

テーブルの上にそれを置いて、その上で十字を切ると、金の杯は冷えた赤ワインで満たされました。

「ユオン、これが この杯の優れたところなんだ。全世界を酔っ払いにするだけのワインを出せる。でも使うには高い品格が求められる。大罪の穢れなき誠実な人間でなければ、飲むことはできないのさ。悪人が使えば効果ワインは消えてしまう。

君がワインを飲むことができるなら、これをあげよう。試してみるといい」

 

ドキドキしながら聖杯を手に取ったユオンは、無事飲み干すことができました。

 

「ユオン、君の心を見通していたから、君が誰より誠実だと知っていたよ。自分の判断を信じて君を手助けしよう。この杯をあげる。

ただし、もし嘘をついたら、君は杯を使う資格も、私の友情も失うからね」

 

「肝に銘じます。もう行っていいですか」

「まだだよ、もう一つ」と、オベロンは自分の首から金の紐で吊るした象牙の角笛を取り、ユオンの首に掛けました。

「それを吹けば、歌って踊らない者はいないだろう。そして君がどんな遠い国にいても、私を呼んで吹き鳴らした音は、モンムルの都にいる私に聞こえる。私は10万の兵と共に、すぐさま君を助けに行くだろう。

けれど、本当に危険な時にしか吹いちゃいけない。そこは間違えないこと。無駄に私を あてにしちゃいけないよ」

 

「ありがとうございます。じゃあ行きますね」

「行っておいで。無事を祈っているよ」

涙ぐむオベロンに見送られて出発するユオン一行。いきなり橋のない深い川に阻まれて唖然としましたが、オベロンの使者が金の杖で川岸を叩くと、水が割れて乾いた道が現れ、通り抜けると元通りに閉じたのでした。

 

 

森を出て最初の野営地で、オベロンから もらった聖杯は、ユオンたちに食べ物と飲み物をたっぷり提供してくれました。

嬉しくてたまらないユオンは、角笛の方も試したくなり、ジェフームが止めるのも聞かず、何も起きていないのに いきなり高らかに吹き鳴らしました。

 

その音を森で聞いたオベロンが、ビックリして10万の兵と共に駆けつけてきました。何でもなかったと知って「もう約束を忘れたのかい!?」と、カンカンです。

けれど、なぜ吹いちゃったかを説明して「神の愛のような心で許してほしい。許せないなら、私の剣がここにあるから、斬ってください」とユオンが謝ると、笑って許してくれました。

 

オベロンは言いました。

「この道を行くと、トローモント Tormont という町に着く。その知事が、君の父の弟・ウード Eudes だと知っているかい?

彼は贖罪のため聖墳墓エルサレムにあるキリストの墓)に巡礼に向かい、異邦人に捕らえられて、キリスト教を棄ててイスラムに改宗したんだ。今やマホメットとテルヴァガン(ターマガントのこと。中世の西欧人が、イスラム教徒が崇めていると妄想した架空の神)を愛する裏切り者は、キリスト教徒を絞首刑にしたり監獄に入れたりしている。君も同じ目に遭うかもしれない」

いざとなったら角笛であなたを呼ぶと言うユオンに、オベロンは、友情を保ちたければ、死にそうになるくらいの危機でないと、気軽に頼ってはならないと釘を刺します。

承諾してユオンは旅立ち、見送るオベロンは「君は大きな苦難に遭うだろう、神の加護があらんことを」と涙ぐむのでした。

 

 

夕暮れに、一行は城壁に囲まれたトローモントの町に到着しました。

町の門を守る警備隊長は、いきなりイスラム教を侮蔑する挨拶をされて驚きましたが、幸いにも隠れキリスト教徒だったので、町に入らない方がいいと警告してくれました。へとへとだから宿で休みたいんだとユオンが言い張ると、オンドリー Hondré 市長の家を紹介しました。彼は立派な人物で、キリスト教徒なのだと。

 

一行を迎えたオンドリ―市長は、家中の食料や寝具を提供しようとしました。

それを押しとどめたユオンは、町のパンと肉と魚と香辛料入りワインを買い占めるようジェフームに命じました。貧しい独身男や吟遊詩人がいたら誘って来いとも。

 

また、ユオンは覚悟を決めると、首に掛けていた角笛を市長に渡しました。「明日まで、これをあなたに預けます」と。気軽にオベロンを呼び出したことを反省していたからです。市長は屈託なく受け取り、箱に収めました。

 

 

さて。ウード知事の執事が主人の夕飯を買いに出ると、食料は売り切れ。オンドリー市長の客が買い占めたと知って、怒って知事に報告しました。

その客の杯からワインが泉のように湧くと聞き、欲に囚われた知事は、30人の騎士を連れて市長の家に向かいます。

 

ユオンはキリスト教徒として挨拶し、これから紅海を渡る厄払いとして人々に施しをした、あなたたちも食べてください、最高のワインをご馳走しますよと誘います。

そして食事の終わりに立ち上がって、金の杯を見せました。空のそれの上で十字を切ると、ワインが泡立ち湧き出ます。しかし知事が杯を手に取ると、ワインは消えてしまったではありませんか。

「邪術だ」と騒ぐ知事に、ユオンは言いました。「あなたの心が邪悪だからです」

殺される覚悟はあるんだろうな。お前は何者だ、と知事。ユオンはボルドーセガンの息子 ユオンだと名乗り、どうしてここに来たかを語りました。

 

ユオンが甥だと知ったウードは、自身も似たような経緯でフランスを追放され、この地に帰化したのだと語り、私の家に泊まりなさいと誘いました。

ユオンは「喜んで」と言い、ジェフームやオンドリ―市長の心配を置いて、叔父の宮殿に移りました。

この時、金の杯は持っていきましたが、角笛は忘れていました。

 

その夜は何事もなく、翌朝、朝食を終えたユオンたちが出立しようとすると、知事が兵団を差し向けてきました。

 

ところが、この兵団は、知事に従っていた異教徒たちの方を殺しました。

兵団の準備を命じられた知事の側近 ジェフリーの仕業です。彼は知事がフランスから伴ってきた騎士ですが、イスラムへの改宗を拒んでおり、ユオンの父 セガンに恩義を感じていたのです。

彼は監獄に囚われていたフランス人(キリスト教徒)たちを解放し、ユオンを助けるよう命じて鎧と武器を与えたのでした。

 

剣を抜いたユオンに追われた知事は、部屋から部屋を駆け抜け、窓から逃げました。

ユオンたちは宮殿の門を閉じて跳ね橋を上げ、中にいた全てのサラセン人を殺しました。

 

しかし、町に逃げた知事が400人の兵を伴って戻ってきました。ユオンらが立て籠もった宮殿を、攻城兵器で破壊し始めます。

ユオンは角笛をオンドリー市長のところに置いてきたことを嘆き、ジェフームは「あなたの考え無しが、我らを危機に陥れたのです」と叱りました。

 

ところが、善良なオンドリー市長はウード知事を説得していました。

「あなたの宮殿を壊していいんですか? 彼はあなたの甥なのに。投降するよう私が説得に行きます」

しかし投降すれば絞首刑にするだろうと、市長は知っていました。

市長はユオンに「投降してはならない」と伝え、服の下に隠し持ってきた角笛を返してくれたのです。

 

すぐさま、ユオンは角笛を吹き鳴らしました。

宮殿を襲っていた敵兵たちが歌い踊り始めても、ユオンは休まず鳴らし続けます。

そして、その音はモンムルの都にいたオベロンにも届きました。

 

突如現れた10万の軍勢に、サラセン人たちは慄きました。

宮殿の大広間に上がってきたオベロンに ユオンは駆け寄りました。

オベロンはキリスト教徒以外は殺すと宣言したので、多くの人が改宗しました。

ユオンは、命乞いするウード叔父の頭を剣で跳ねました。

 

オベロンが言いました。

「友よ。これで危機は去った。君は旅を続けられる。それで、今から言うことを聞いてくれたら嬉しいんだけど」

師匠サー、聞きますよ」

「この道を行けば、紅海を見下ろす塔のあるデュノストレ Dunostre 城の傍を通るだろう。そこには近づかないでほしいんだ。

25の豪華な部屋と300の窓がある その城を20年かけて建てたのは、私の父 ジュリアス・シーザーだ。

入口には青銅像が左右二体立っていて、鉄の連節棍フレイルを交互に打ち下ろしている。その隙を縫って通り抜けられるのはツバメ一羽くらいだろう。

その城には<傲慢 Orgueilleux>と呼ばれる恐ろしい巨人が棲んでいる。

あいつは私から城と、素晴らしい鎖かたびらオベール(布とリングメッシュで作られたコート状の鎧。フード付きで膝丈。チェーンメイル)を奪った。その鎖かたびらは草原のマーガレット marguerite より白く、どんな武器でも傷つけられず、どんな所有者のサイズにも合い、羊皮紙一枚よりも軽い。

ユオン、<傲慢>に出遭ったら、君は死を免れないだろう。城に近づいてはならない」

 

ユオンは言いました。

「師匠、私は冒険したくてフランスから来たんです。挑戦するに決まってる。その鎖かたびらを勝ち取れたら最高じゃないですか。

危なくなったら角笛を吹きますよ。助けに来てくれますよね」

 

「そんな風に考えちゃいけない」とオベロンは言いました。

「どうしても行くって言うんなら、角笛を吹いたって、私は君を助けになんて行かないよ」

「お好きにすればいい。私は行くって決めたんだ」

「お別れだね!」オベロンは言いました。「そんな くっだらない冒険をするっていうんなら、君は馬鹿だよ」

「師匠、神はお守りくださる!」

しかしオベロンは消え去っていました。 

 

 

トローモントの町をオンドリー市長とジェフリーに任せ、お金をたっぷり補充して、ユオン一行は紅海目指して出発しました。

ある朝、野営した草原で目覚めた一行は、昨夜は気付かなかった巨大な城と高い塔が、近くにそびえて朝日に輝いているのを見ました。

怯えるジェフームに構わず、草原で待機するよう仲間たちに言うと、ユオンは一人でその城に向かったのです。

 

オベロンの話通り、入口は二体の巨大な青銅自動人形に守られて隙がありません。見ると柱に金のたらいが吊り下がっていたので、剣で三度叩きました。

すると城全体が揺れるほど鳴り響き、窓の一つが半分開いて、美しい娘が顔を覗かせました。

入れてくれと頼むと、何故か泣きだして引っ込んでしまいましたが、しばらくすると玄関扉が少し開いて青銅人形が停止したではありませんか。

ユオンが急いで駆け抜けると扉は背後で閉じ、もう開きません。

 

城内には首を斬られた14人の男が横たわっており、今更ながら逃げ出したくなりましたが、出るに出られない。仕方なく、聞こえてきた泣き声を辿ると、例の娘を見つけました。

 

彼女はギンメル Guinemer 伯爵とボルドーセガンの姪の娘 シビル Sibylle だと名乗りました。

つまり、ユオンの従姪いとこ めいです。彼は彼女を抱きしめました。

彼女は語りました。聖墳墓エルサレム巡礼に出た父に同行中、船が難破して この城の下に流れつき、城から出てきた巨人に父は殺され、自分は7年間 囚われているのだと。

 

レバーを操作して玄関扉を開けたのは彼女でした。ユオンの盾に三つの十字架が飾られていたのを見てフランス人(キリスト教徒)だと気付き、助けを求めようと思ったのです。

しかし、ユオンも巨人に殺されるのではと思えてきて泣いていたのでした。

今、巨人は眠っている。そのまま討てれば幸運ですが、もし起きたら一巻の終わり。「あいつにとって あなたなんてハエ以下よ。やっぱり逃げなさい」と。

けれどユオンは、父の魂にかけて逃げないと言い張りました。 

 

城の奥へ行くと、シビルが言った通り、四つの部屋がありました。

第一の部屋にはワインの大樽が山と重ねられていました。

第二の部屋には毛皮が うずたかく積まれていました。

第三の部屋には四つの偶像がありました。

 

そして第四の部屋に、<傲慢>と呼ばれる巨人が眠っていました。

ベッドの足は純金が象嵌された象牙、掛け布団は海外製、シーツは刺繍の施された絹で、極楽鳥の羽毛枕からは香油が香っています。

周囲には四羽の鳥がおり、竪琴や手回しオルガンよりも魅力的に、交互に甘く歌っていました。

 

シビルの言葉を思えば、今がチャンスでしょう。

しかし寝込みを襲うのは卑怯だと考え、ユオンは大声で「悪魔の息子よ」と呼びかけました。跳び起きた巨人が丸腰なので、武装を許しました。

 

巨人の身長は17フィート(5mほど)で、大きな腕と四角い拳を持ち、瞳は石炭のように赤く燃え輝いていました。これほど醜い者を見たことはないでしょう。しかしフランス語を話すので、ユオンは驚きます。

 

<傲慢>はユオンが何者かを聞き、自分のことを話しました。

「子供よ、お前が我を殺したなら、紅海の偉大な巨人<傲慢>を征したと自慢できるだろう。

我には15人の兄弟があり、我が最も若い。父は悪魔ベルゼブブで、地獄には従兄がいる。

 

ここからドライ・ツリーの辺りまでを我は支配している。お前が目指すガウディ提督から14の都市を奪い、隷属させた。奴はそれを買い戻すために、我に素晴らしい金の指輪を差し出した。

 

妖精の国の王 le roi de féerie オベロンからも、我は城と素晴らしい鎖かたびらを奪った。奴の魔法は、我に通用しなかったからな。

その鎖かたびらを装備すれば、戦いにおいて何者にも負けることがない。水に落ちても溺れず、火に落ちても焼かれないだろう。

ただし誰にでも使えるわけではない。大罪の穢れを知らぬ誠実な者でなければ。

 

そんな者は おるまいと、我は考えていた。しかしお前は、我の寝込みを襲わなかったし武装も許した。もしかしたら、お前ならあの鎖かたびらを使えるのかもしれんな。どうだ、着てみるといい。心配するな、着替えの間は攻撃しない」

 

ユオンは着ていた鎧兜を脱いで、果たして自分に資格があるだろうかとドキドキしながら、花のように白い鎖かたびらを装備しました。

すると、まるで彼のために あつらえたかのように、ぴったり合ったではありませんか。

 

マホメットよ!」と異教徒の巨人は叫びました。「まさか着ることができるとは思わなかった。すぐにそれを返せ!」 

「黙れ! 悪魔め」ユオンは返しません。更に、ガウディ提督から得たという金の指輪をも要求します。そうしたらお前を傷つけないでやると。

 

巨人は言いました。

「この指輪は我の小指に ちょうどいいサイズだが、お前には腕輪になる。これはお前が使者の仕事を成し遂げるのに、大いに役に立つだろう。

もし紅海を渡れてバビロンに入れたとしても、提督の宮殿まで四つの跳ね橋を渡らねばならぬ。その全てに恐ろしい門番がいる。

お前がフランス人(キリスト教徒)だと知れれば、最初の橋で左腕、次の橋で右手首、三番目で足を一本ずつ斬られ、最後の門番が お前を提督の前に連れて行く。奴はお前の首を斬らせるだろう。

 

だが、我に鎖かたびらを返せば、この指輪をやるから、お前は恐れるものがない。

指輪を門番に見せるだけでいい。全ての跳ね橋が下りて、全ての門がお前のために開かれ、お前は無傷で宮殿へ行ける。

お前が提督の部下500人に血を流させたとしても、指輪さえ見せれば、提督はお前に頭を下げるだろう。

何故なら、奴は我をとても恐れているからだ。

我が金品や兵を必要とするときは、使いを一人やって指輪を見せるだけでいい。必要とするものがすぐ手に入るのだからな。

 

さあ、以上だ。合理的に判断して鎖かたびらを返してくれ」

 

ユオンは、鎖かたびらは脱がないし指輪も持っていくと言いました。

「お前は強大だが、私はこの素晴らしい鎖かたびらと父の剣で武装している。さあ、あえて警告してやったぞ」 

「いい心がけだ。お前は死にたいと見た」

巨人は大鎌を掴んで全力で投げました。ユオンが避けると、それは柱に激突して4フィート(1.2m)も めり込みました。

(この先も読むに、ユオンがオベロンの鎖かたびらを装備している際は、常に「敵の攻撃を避けた」と描写されています。これを着ると並外れて素早く動けるようになる、ってコトなのかも。)

巨人は引き抜こうと身を屈めましたが、それより速く、ユオンが剣の二撃で巨人の手首を切ったので、両拳が鎌の柄を握ったまま残りました。 

巨人は絶叫して逃げ出しました。

しかし叫び声を聞いたシビルが走り、大きなレバーを掴んで<傲慢>の足の間に投げたので、彼は転んで倒れました。

ユオンは巨人の腹に馬乗りになり、頭を掴んで引き上げ、何度も首に斬りつけました。15回目に、とうとう巨人の首が落ちました。

 

ユオンは、シャルル大帝に見えることを願って、巨人の首を塔のてっぺんに掲げました。窓から見下ろせば、待ちきれなくなった仲間たちが城の前まで来ています。

「やったぞ! 城の主を地獄に送った。城は私のものだ」と仲間に叫ぶユオン。

シビルが扉を開けて青銅像を停止させ、仲間たちは大喜びで入ってきてユオンを抱きしめ、彼の紹介を受けて、シビルをも抱きしめました。

沢山の食べ物と飲み物が発見され、その夜は、城で祝宴が催されました。

 

 

しかし翌朝、日が昇ってすぐに、ユオンは部下を集めて言いました。

ここで待機するように。私は一人でバビロンへ行く。もし半月たっても戻らなかったら、シビルを連れてフランスに帰り、シャルル大帝に そう報告せよと。

「半月? 1年だって待ちますよ」とジェフーム。

ユオンは白い鎖かたびらを着て、亡き父の剣を帯び、首には象牙の角笛を掛け、ベルトに金の杯をしっかり固定し、<傲慢>の指輪を腕に通しました。

そして部下たちと涙の別れをして出発しました。

  

すぐ紅海の岸に着きました。しかし船がありません。

詰みました。

 

途方に暮れて座り込んでいると、突然、何かが鮭よりも速く泳いでくるのを見ました。まるで海の魔精リュイトン(luiton フランスの小妖精。リュタン。中世フランス説話で「人語を喋る馬」などが主人公を助けたら「罰を受け獣に変えられたリュイトン」なのは お約束?)のように。

(英訳版では「大きな獣が 熊のように 泳いでくるのを見た」となってました。)

それは岸に上がって身を震わせると、不格好な黒い皮が脱げ落ちて、たいそう美しい男が現れました。

 

ユオンは驚き怪しみましたが、悪魔には見えません。

「もしや、あなたはオベロンの代理人では?」 

「その通り。そして私は君が何者かを知っている。怖がらなくていい。君の役に立つためにきたんだ。

私の名はマラブロン Malabron。妖精王オベロンの眷族けんぞくだ。

私が罪を犯したので、30年間 海の魔精リュイトンになる刑を、彼は私に処したのさ。

(英訳版では、全部で40年の服役期間で、既に30年海で獣として過ごしたので、あと10年だと説明。)

君を背中に乗せて紅海の対岸まで運んであげよう。準備はいいかい? 私は皮を着るから、背中に乗るんだ。十字を切ってくれ、神が導いてくださる!」(皮を着て獣に化けたマラブロンは、アシカやアザラシ的なイメージかと思われます。)

 

俊敏な若者が1/2リーグ(2kmほど)進むよりも短い時間で、彼らは海を渡りました。

「さようなら! もう一度君に会うとき、君は厳しい試練を終えているだろう。私は君のために とても苦しまなければならないだろう。

君が行かなければならない都市は、あそこにある。行っておいで。

そして、たとえ何が起きても、オベロン王の戒禁を破らないことだ。自分に厳しくして、常に誠実を保ち、嘘をついてはならない。

破れば、君はオベロン王の愛を失うだろう」

マラブロンは海に飛び込み、ユオンはバビロンへ歩きました。

 

 

その日は聖ヨハネの前夜祭で(6月23日前後のキリスト教の祭り。ここでは、イスラムでも行われている夏至祭の意味だと思われる)、バビロンは大賑わいでした。サラセン人はキリスト教徒以上にこの祭りを大事にしているのです。

ユオンは大都市の素晴らしさと、それを満たす楽しげな大群衆に感嘆しました。

 

最初の跳ね橋に着きました。

「門番! 橋を下ろして通らせてくれ」

「あなたがサラセン人(イスラム教徒)ならば、喜んで。しかしフランス人(キリスト教徒)ならば手を切り落とすぞ」

この時、ユオンは巨人の指輪のことを忘れていました。そのうえオベロンの戒禁すら忘れて、愚かな心に囚われてしまったのです。

「橋を下ろしてくれ。私はサラセン人だ」

 

嘘をついて橋を通ってすぐに、ユオンはオベロン王との約束を思い出しました。胸がチクチク痛んで、二度と嘘はつかないぞと心に誓ったものです。

 

そこで、二番目の橋では、心のまま門番を罵倒しました。

「下郎め、橋を下ろせ! お前の神は愚かだ」

「呪われたキリスト教徒が。どうやって最初の橋を通過しやがった!」

ユオンは、腕に着けた巨人の指輪を示しました。

「お前はこの指輪を知っているか? すぐに私を通せ」

たちまち、門番はペコペコして橋を下ろしました。

「ご多幸を! <傲慢>様は私どもの主でございます」

第三の橋も同じようにして通りました。

 

歩きながらユオンはモヤモヤしていました。

最初の橋で、イスラム教徒だと、恥ずべき嘘をついてしまったからです。

(私は嘘をついた。オベロンは罰するだろうか? いや、きっと彼は知らないさ。バレなきゃ大丈夫だ)

 

最後の橋でも、ユオンは門番を罵倒しました。

門番は立ち上がって、彼を呼んだ武装騎士を見ました。

「どうやって悪魔が三つの橋を通ってきた? その盾の十字架模様を見るに、お前は我らの神を信じぬフランス人だ。

しかも、聖ヨハネの祭日中、武装した男に橋を渡らせてはならないと提督はお命じである。お前を通した三人の門番は、提督に大いに償わされるだろう。

そしてこの門を通るなら、お前もそうなるだろうな? 首を切り落とされるのだ!」

「黙れ下郎。この『しるし』を見ろ」

ユオンは指輪を取って高く掲げました。門番はそれを見るや、ただちに橋を下ろして門を開け、ユオンに頭を垂れて、彼の足に へりくだったキスをしました。

「旦那様。歓迎いたします。提督があなたを害することはありません。

我らに何をお望みですか? <傲慢>様は、まもなくここに来るのですか?」

ユオンは呟きました。

「奴がここに来るのなら、悪魔が連れてくるんだろうな」

巨人は死んで、今や、彼の父や従兄がいるという地獄にいるはずなのですから。

 

最後の門を通過したものの、ユオンの不安は大きくなっていました。

ぼんやり歩いて迷い込んだ庭園には、果物が実り、香草が茂り、かぐわしい花が咲いています。中央の泉の傍らに腰を下ろして、ユオンは首の角笛を手に取りました。

(オベロン。あなたはどうする? 私を許すだろうか。それとも加護は失われるんだろうか? 知りたい)

ユオンは角笛を吹き鳴らしました。

 

その音を、オベロンは森で聞きました。

「私の戒めを無視して嘘をついた悪党の『呼び出し』が聞こえる。好きなだけ吹けばいいさ。でも、もう私は助けない」

 

角笛の音はガウディ提督の宮殿にも届き、宴席でワインを注いでいた酌人は歌いだし、提督は踊りました。

 

どんなに吹いてもオベロンは来ない。そう悟ると、ユオンは ため息を落としました。

「ああ! これからどうなるんだろう?

シャルル大帝よ、神は、あなたが私に強いた暴虐を許すらしい!

そしてオベロンよ。私を哀れまない あなたは残酷だ。あのくらい許してくれたっていいじゃないか」

涙がこぼれます。しかしすぐに

「泣くのは恥だ! オベロンが私を見捨てようと、神と聖母は助けて下さる。行って使命を果たそう」

彼は兜の緒を締め直し、剣をしっかり装備して、宮殿へまっすぐ向かいました。

 

さて。

宮殿では、踊りから解放された提督が「庭に笛を吹く魔法使い enchanteur がいる、連れてまいれ」と騎士たちに命じたところでした。

鎧兜で身を固めたユオンが、ずかずかと宴席に入ってきて、中央に置かれたマホメットの神像に拝礼することなく提督の前に進んだので、人々は呆気にとられて考えました。(きっと、提督に話をしに来た外国の使節に違いない)

 

提督の隣には、彼の娘 エスクラルモンド姫の婚約者である、裕福な王子が座っています。

(ああ! 神よ!)ユオンは思いました。(シャルル大帝に偽証したくないならば、殺さねばならない人が ここにいる。誰も私を止められない。神よ祝福を!)

彼は重い剣を振り上げて王子を強打しました。切り落とされた頭がテーブルから飛び、血が提督を濡らしました。

「お前に素敵な贈り物だ!」ユオンは言い、提督は「この悪漢を捕まえろ!」と騎士たちに叫びました。

サラセン人たちが飛び出してきました。しかしユオンはバックステップして距離を取りつつ、腕に着けていた指輪をテーブルに投げて叫びました。

「見ろ、提督閣下。この『しるし』に覚えはあるか?」

それを確認するや、提督は言いました。

「異教徒よ、お好きにするがいい。この宮殿を自由に歩き、500人殺したとしても、あなたを咎める者はおりません」

 

麗しのエスクラルモンド姫は、侍女に囲まれて女部屋に座っていました。ユオンは彼女に近づき、シャルル大帝の指令を実行すべく、彼女の口に三度キスをしました。初めての経験に、麗人は震えて今にも倒れそうでした。

 

ユオンはシャルル大帝の言葉を提督に伝えました。来年夏にも軍を率いてバビロンを攻め滅ぼすつもりであること、免れたければキリスト教に改宗して隷属すること。

更に、1000羽の大鷹と1000匹の猟犬と1000頭の繋がれた熊と1000人ずつの美少年と美少女を差し出すこと。加えて、提督自身の奥歯四本と白いあご髭を抜いて渡すこと。

 

「あなたの主人は狂っている」提督は言い、改宗するつもりはないと断りました。

フランスからは、これまで15人の使者が来たが、一人も無事に帰さなかった。16人目のあなたも、指輪さえ持っていなければそうなったのに。だが、どうしてフランス生まれのあなたが、あの指輪を持っているのか。

 

適当に誤魔化すべきだったのでしょう。しかし、ユオンの脳裏にオベロンがよぎり、もう嘘はつけない、と思ったのです。

「提督閣下、真実を話しましょう。私は<傲慢>を殺しました」

提督は叫びました。

「者共よ、捕えろ! 逃がせば我らの名折れだ!」

至る所から攻撃が始まり、ユオンは壁を背に応戦して14人は殺しましたが、ついに取り押さえられました。

装備していた鎖かたびら、金の杯、象牙の角笛は剥ぎ取られ、連行されます。

人々はユオンの美々しい若者ぶりに驚き、殺すのは惜しいと囁き合いました。

提督に仕える老賢者が提案しました。今日は聖ヨハネの祭日、何者も殺してはならないと法で定められております。彼を一年間 牢に入れ、次の聖ヨハネの祭日に強者と決闘させましょう。彼が勝てば自由にし、負ければ首を吊るのですと。

 

牢に入れられた日の夜中、密かにエスクラルモンド姫が訪ねてきました。

「怖がらないで。私は提督ガウディの娘です。今朝、あなたが三回キスをした。あなたの甘い息が私の心を侵しました。好きです。私を愛してくれるなら、あなたをここから出すことを約束します」

「お嬢さん」ユオンは言いました。「無意味なことを仰る。あなたはサラセン人だ、愛せるはずがない。キスしたのはシャルル大帝の使命を果たすため。もはや、あなたには触れません」

「それがあなたの結論?」

「ええ」

「まあ! あなたは高い支払いをすることになるわね」

エスクラルモンドは牢を出て看守を呼び、命じました。このフランス人に一切の食べ物を与えないようにと。

 

それから三日、ユオンは何も口にできず牢に転がっていました。そして四日目。

「ああ! 私は餓死するだろう。

オベロン、邪悪な小人よ、呪われろ! お前は些細なことで私を嫌った。私は大して悪くないのに。神はご存じだ。嘘はついたけど悪気はなかったんだから」

そこにエスクラルモンドが入ってきました。

「気は変わったかしら? ここから逃げたければ、あなたの国に私を連れて行くって約束して。他には何も望まないわ。そうしたら好きなだけ食べさせてあげる」

「ああ! 地獄で永遠に業火に焼かれるくらいなら、あなたの望み通りにしよう」

エスクラルモンドは喜び、「あなたのために、あなたの神を信じるわ」と、改宗を誓いました。

それから、彼女は牢を出て看守に命じました。「牢のフランス人は飢え死にしたと、お父様に伝えておくれ」と。

提督は信じ、ユオンは刑を免れました。エスクラルモンドは毎日 彼を訪問して、肉や香辛料入りワインなど、なんでもたっぷり提供したのでした。

 

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