『七つの大罪』ぼちぼち感想

漫画『七つの大罪』(著:鈴木央)の感想と考察。だいたい的外れ。ネタバレ基本。

【元ネタ】ゴウセル

※『七つの大罪』の主要キャラや事物に散見できる、アーサー王伝説などの古典や伝承が元ネタ? と思われるもののメモ。

 

 

ゴウセルの元ネタの核は、15世紀イギリスの詩文『ゴウサー卿』の主人公・ゴウサー(ゴウセル)でしょう。しかし他にも雑多なジャンルから少しずつ採られた要素も あるように うかがえます。

 

 

首が取れても平気なド近眼 眼鏡ロボット・ゴウセル
 ⇒則巻アラレ

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ゴウセルは、マーリン曰く「偉大な術士」であった魔神族ゴウセルの作った自律人形です。内部に機械が詰まっているわけではありませんが、「ロボット」という解釈の出来る存在でしょう。

 

ロボットなので、ゴウセルは飲食しません。

ロボットなのに、ゴウセルはド近眼で眼鏡をかけています。

ロボットだから、首が取れても平気です。

 

こうしたゴウセルの持つ幾つかの要素を見るにつけ、強く連想されてくるロボットキャラクターがいます。それは1980年代の人気漫画『Dr.スランプ』に登場する少女型ロボット「則巻アラレ」、通称アラレちゃんです。

  • 紫系の髪色
  • 目をぱっちり開けて口を縦にちょんと開いた表情
  • ロボットだが極度の近視で眼鏡が欠かせない
  • 飲食しない
  • 首が胴から離れても、体は動くし頭は喋る
  • 天才博士が一人で作った

 

第253話には、マーリンに身体を修理してもらいながら、取り外された頭で彼女と会話しているゴウセルの姿がありました。

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そのシュールさは『Dr.スランプ』 の一場面を連想させないでしょうか。

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以上のように、ゴウセルとアラレちゃんには幾つかの相似点があるように感じます。

尤も この相似は、元ネタにしたというよりは、ロボットキャラという共通項からのオマージュ、或いはパロディ要素だと見る方が適切かもしれません。

 

 

フェティシズムの粋として作り込まれた美しき人形ドールゴウセル
 ⇒カスタマイズドール

ゴウセルは術士ゴウセルの作った「人形ドール」です。魔力が取り除かれた素の状態では、身長30cm程度の球体関節の人形で、しかし頭部は精緻かつ耽美に作り込まれています。

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この姿と名称から連想されうるのは、「カスタマイズドール」でしょう。

 

カスタマイズドールとは、球体関節の着せ替え人形(素体)の髪や目を所有者オーナーが好きにカスタマイズし、メイク(塗装)を施し、服を着せて作り込んでいく、趣味性の高い人形のこと。概ね耽美な仕上がりになる印象です。

「人形」であるゴウセルと、彼をフェティシズム的に作り込んだという術士ゴウセルの姿には、カスタマイズドールとその所有者オーナー、というイメージが込められているように感じます。

ゴウセルの「性別や体格は変更できないが、目・髪・肌の色と髪型は自在に変えられる」という能力にも、カスタマイズドールの自由性を連想させられます。

 

 

なお『七つの大罪 番外編集<原罪>』の座談会にて、ゴウセルには「ラブドール(等身大の性処理用人形)」の意図があったのだと作者さんが明かしていました。

 

 

作り物の体に「心」を求めるゴウセル
 ⇒ブリキの木こり

ゴウセルは、己は人形ゆえに心が無い・だから他人の感情が解らない・心を手に入れて感情が解るようになりたいと、心と感情を(いささか手段を選ばずに)探求していたキャラでした。

「造られた存在が、己には心が無いと悩む」モチーフは、今や多くの物語で見られるものですが、中でも有名なのは今から120年ほど前に書かれたアメリカの児童文学、オズの魔法使いシリーズに登場する「ブリキの木こり」でしょう。

 

アメリカから竜巻で「オズの国」(その東部の「マンチキンの国」)に飛ばされた少女ドロシーは、帰還の助力を得るために、大魔法使いオズが住むという中央のエメラルドの都へ向かいます。旅の途中で「脳みそが無いことを悩む かかし」を道連れにし、次に出会ったのがブリキの木こりでした。

ブリキの木こりは森の中で斧を振り上げた姿勢のまま錆びて動けなくなっており、うめき声をあげていたのです。もう一年以上も そうしていたと言う彼に、ドロシーは油を差してあげました。

ドロシーたちの事情を聞くと、木こりは「オズは私に心をくれるでしょうか?」と言って同行を決めました。がらんどうのブリキ製である彼には脳みそも ありませんが、昔は脳みそも心も持っていた。その経験から脳みそ(知性)より心(愛情)の方がずっと入用だというのです。(かかしは、心があっても脳みそが無くては使いこなせないと反論します。)

彼は元は人間の若者で(後のシリーズで「ニック・チョッパー」という名が付く)、父の跡を継いで木こりになり、両親が亡くなると結婚したいと思うようになりました。実に美しい娘(後のシリーズで「ニミー・エイミー」という名が付く)と出逢って心から愛するようになり、結婚の約束をしたのですが、彼女が一緒に暮らしていた老婆は激しく反対しました。家事をする者がいなくなるのは困ると。老婆は この東の国を支配していた悪い魔女のもとへ行き、羊二頭と牛一頭と引き換えに結婚の邪魔をするよう頼みました。(第一作目では、老婆=娘の老母であると読めますが、後のシリーズでは老婆=東の悪い魔女本人という設定に変わっています。)

東の悪い魔女が掛けた魔法のために、木こりが木を伐っていると不意に斧が滑って、自分の左足を斬り落としてしまいました。

これでは木こりを続けられない。でもそれでは困ります。だって娘と約束していましたから、新しい家を建てられるくらい稼げたら結婚すると。

木こりはブリキ職人(後のシリーズで「クー・クリップ」という名の老人だとの設定が付く)のもとへ行き、ブリキで左足を作ってもらいました。新しい足も慣れると具合がよくて気に入りました。

しかし再び働き始めた木こりを見た東の悪い魔女は怒り、再び魔法を掛けたので、またもや斧が滑って今度は右足が、それをブリキに換えると今度は片腕、もう片腕と繰り返されました。四肢がブリキに換わると次には頭が斬り落とされましたが、運よくブリキ職人が通りがかって頭もブリキに換えてくれました。

最後には、唯一残っていた胴体も真っ二つにしてしまいました。やはりブリキ職人が助けに来てくれたのですが、胴体と共に「心臓ハート」も切られてしまったので、木こりは娘への「愛情」を失ってしまったのでした。

木こりは娘のことなんて どうでもよくなってしまい、逢う約束もすっぽかして、日々 仕事をしていました。そうこうしているうち夕立にあって錆び付いてしまったのだと。

木こりは、森の中で独りぼっちで錆び付いていた間、色々と考えたのだそうです。失くしたものの中で一番大きかったのは心だったと。恋をしていた頃はこの世で一番の幸せ者だったのに。「心無い」奴なんて きっと誰にも愛されない。オズに心を貰えたなら、きっと今でも老婆のもとで自分を待っているだろう あの娘を迎えに行って結婚しよう。

 

その後、「勇気」が欲しい臆病なライオンを旅の仲間に加え、色々な冒険と苦難を越えた後、ついにオズに願いを叶えてもらう段を迎えます。

大魔法使いと思われたオズは、実は数十年前にアメリカから迷い込んできたサーカスの気球乗りで、様々な仕掛けや腹話術を駆使して魔法に見せかけていたのでした。

 

オズは金切り鋏で木こりのブリキの胸に小さな四角い穴を開けると、たんすの引き出しから「心」を取り出しました。それは絹で出来ていて中に おがくずが詰まっている、とても綺麗なものでした。オズは その「美しい心」を木こりの胸に入れると、切り抜いたブリキで蓋をしてハンダ付けしました。

すると木こりはすっかり「心」を得た心持ちになったのです。

オズは、脳みそや心や勇気が欲しいという、他人にはどうしようもできない願いは、まさに本人の「気の持ちよう(想像力)」によって解決されるものだと知っていたのでした。

 

オズやドロシーがそれぞれの方法でアメリカに帰った後、ブリキの木こりは「オズの国」西部の「ウィンキーの国」の皇帝になりましたとさ。

 

オズがブリキの木こりの がらんどうの胸に綺麗な作り物のハートを入れること。それがあれば「心」を得られると教え、ブリキの木こりが信じ込むこと。しかし実は「気の持ちよう」であって、心は元より持っていたのだという結論。

これら要素がゴウセルの設定にも取り込まれているように思います。

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ゴウセルの体の中は がらんどうになっていて、胸に綺麗な作り物のハートが入れられている。それがあれば「心」を得られると術士ゴウセルが教え、ゴウセルは信じ込んでいる。しかし実際は何の魔法も詰められておらず、ゴウセルは元より自分の心を持っていたという結論。

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話が少し逸れますが。

ブリキの木こりは、オズに「心」を胸に入れてもらう以前から、非常に心優しく涙もろい人物として語られています。

うっかり虫を踏み潰しただけで涙を流し、顎が錆びて口が開かなくなってしまうほど。心無い自分は普通の人より気を遣わねばならぬのだとて、歩くときは常に下を向いて虫を踏み潰さぬよう注意していました。

(その一方で、野ネズミの女王を山猫が追っているのを初見した途端、斧の一撃で山猫の首を斬り落としたりと、自分が「悪い奴」と思った相手は容赦も理解もなく殺して胸を張っていますが。)

 

オズに願いを叶えてもらう前からブリキの木こりは優しい心の持ち主でしたよ、と。

しかし、彼は本当に優しいのでしょうか。

木こりは婚約者を愛せなくなり、黙って捨てました。彼はその原因を、ブリキの体になり魔女にハートを斬られたせいだと述べています。つまり自分のせいではないと。

しかし、元々心は失われていなかったのなら、これは ただの言い訳ということになりますよね。

 

オズの魔法使い』第1作目において、彼は冒険が終わるとウィンキーの国の皇帝になったと語られ、それだけで終わっています。

あれあれ、心を手に入れたら故郷の婚約者のところに戻って結婚すると言ってた件はどうなったの?

多くの読者から そのツッコミがあったそうで、シリーズ12作目『オズのブリキの木こり』にて、その顛末が語られました。

 

ブリキの木こり…名はニック・チョッパーがウィンキーの国のピカピカのブリキの城の玉座に座り、遊びに来た親友の かかしと居たとき、北部のギリキンの国から旅してきたウートという少年が訪れました。ニックは彼に身の上話をしました。

西の悪い魔女の魔法で体を少しずつ失ってはブリキのパーツに換えていったこと。婚約者だった娘…ニミー・エイミーは、ピカピカの腕や足を磨くわねと言ってくれたこと。

そして最後に残った胴体すらブリキに換えてしまったとき、ニミー・エイミーは言ったのです。

「ブリキの体なら食事を作らなくていいし、眠らないからベッドを整えなくていいし、疲れ知らずだからダンスパーティーに行っても疲れたからもう帰ろうなんて言わないし、昼に木こり仕事をしている間は私は好きなことが出来るわ! 首もブリキに換えたから癇癪なんて入っていないでしょう? ピカピカの夫なんて最高だわ!」

これを、無神経で怠惰で婚約者に冷たい身勝手な発言と捉えるか、婚約者がブリキ人形になってしまった辛い状況下でも何とかいい面を見つけて幸せになろうとする前向きな発言と捉えるかは人それぞれなのだと思います。ともあれ、ニックは悪い意味に捉えたのかもしれません。以降、彼女への愛情が醒めて心変わりしてしまったのですから。(本人は、苦難を与えても変わらぬ二人の愛に怒った魔女が、魔法の斧でニックのハートを切り刻んだせいだと言う。)

それで、西の悪い魔女に こき使われていた彼女の前から黙って姿を消して別の場所に引っ越し、やがて錆びて動けなくなっていたところをドロシーたちに救われ、オズに「優しい心」を貰ったのだと。

するとウート少年は、おかしいと言いました。

本当に優しい心があるなら、苦しかった時に支えてくれた、その気の毒なお嬢さんを放置するなんてありえない。心が優しいなら、戻ってお嬢さんを お妃に迎えるでしょ、と。

このウート少年の発言は、きっと当時の読者たちの感想だったんでしょうね。

自分は優しい男だと思っていたニックはショックを受けました。そしてニミー・エイミーを探しに、故郷のマンチキンの国に戻ることにしたのです。ウート少年と かかしも同行しました。

 

旅は回り道を通って秘かに行われました。

というのも、捨てた婚約者に許してもらえるか自信が無いニックは、あまり旅の目的を人に知られたくなかったからです。

ウート少年はニックの気持ちを尊重しながらも、愛の無くなったニックが「優しさ」だけで結婚を申し込んでいいのだろうか、と疑問を抱いていました。

すると、知恵者の かかしが言いました。妻に愛を向けている夫が優しいとは限らない。「優しい」夫の方が妻を幸せにできると。

ウート少年は、旅をすればするほど、世の中は解らないことばかりだと思うのでした。

 

色々な冒険をして故郷の森に入った時、一行はニック(ブリキの木こり)そっくりなブリキ男と鉢合わせました。違いと言えば、斧ではなく剣を持っているところくらいです。錆び付いていた彼に油を差してやると、喜んでから彼は語りました。

このブリキの兵士はファイター大尉といい、元は人間の男で、この森に住んでいた娘に恋をしたこと。彼女には結婚の約束をしたブリキ男がいたけれど、彼女を置いて姿を消してしまったと聞いたこと。彼女の身の上話を聞くうちに次第に心が通ったこと。

ところが、娘の恋愛を許さぬ西の悪い魔女が、例のごとく大尉の剣に魔法を掛けたので、自分の体を誤って斬り落とすようになり、娘がブリキ職人を紹介してくれて、失った部分をブリキに換えていったこと。全身がブリキになると娘は大喜びして(何しろ、戻ってこない婚約者とそっくりな外見になりましたから)、古い婚約は諦めて大尉と新たに婚約したこと。

二人は魔女が留守の間に駆け落ちする予定でしたが、約束の日が雨だったため、大尉は途中で錆び付いて迎えに行けなかったと言うのでした。

そしてまた大尉は言いました。自分のハートは魔女の魔法で斬られてしまったので、娘を愛する心も失ってしまった。けれど自分は正直で嘘が嫌いなたちだから、一度約束した以上、結婚するつもりだと。

 

互いの過去を知ったニックと大尉は、あなたが彼女と結婚すべきだ、いやあなたがと譲り合いを始めました。ウート少年に、彼女に どちらと結婚したいか聞けばいいと言われて家に行ってみましたが、そこは既に空き家になっていたのです。

 

仕方なく一行はブリキ職人…クー・クリップ爺さんの家に行きました。

西の悪い魔女が、竜巻に飛ばされてきたドロシーの家に押し潰されて死んだ後、ニミー・エイミーは家を出てマンチキン山へ引っ越したそうです。その際、家に残した物はクー・クリップ爺さんに譲りました。

それで「何でも くっつける魔法の糊」を手に入れたクー・クリップ爺さんは、樽に放り込んでおいたニックとファイター大尉の生身の体のパーツを適当にくっつけて、一人の男を造ったのだそうです。頭はファイター大尉のもの(選ばれなかったニックの頭は戸棚に入っていました。ニックはかつての自分の頭と話して、自分はこんなに文句ばかりの付き合いにくい人間だったのかと驚きました)、指にタコのある片腕はニックのもの。腕は一本しかなかったので隻腕になりました。名はチョップファイト。

助手にしたくて造ったのに、一本腕であることを愚痴るし文句ばかりだし大飯食らいだしで役立たず。なので、彼が世の中を見る旅に出たいと言い出すと、クー・クリップ爺さんは餞別代りにブリキの腕を一本付けてやって、喜んで送りだしたんだそうです。

 

さて、一行はマンチキン山のニミー・エイミーの家を目指しました。

やっと着いてニックとファイター大尉の二人で扉を叩くと、美しい小柄な女性…ニミー・エイミーが出てきました。(マンチキン人は皆、アメリカ人の14歳くらいの大きさしかありません。)

招き入れられた家の中は手入れが行き届き、気持ちよく整えられていて、もう一人誰かがいました。ニックとファイター大尉は驚きました。その男の顔は かつてのファイター大尉で、片腕は かつてのニックのものだったからです。クー・クリップ爺さんが造ったチョップファイトに違いありませんでした。

 

ニミー・エイミーは語りました。

最初に結婚の約束をしたひとも、次に約束したひとも、どちらも約束の日に現れなかったこと。魔女のもとを逃れて暮らし始めてからチョップファイトと出逢ったこと。片腕がブリキで、顔や体に昔の恋人を思わせる部分があって、好きになって結婚したこと。

けれども、彼は彼であって、ニックやファイター大尉とは別人なのだと。

チョップファイト自身も、自分は自分で、元より誰のパーツでもあるものかと言いました。

 

ニックは申し出ました。

この男をバラバラにしてパーツを元の持ち主が引き取り、君は私かファイター大尉か、どちらかと結婚してはどうか?

ニミー・エイミーはきっぱり断りました。

キャベツの育て方や水の汲み方、家具の埃の払い方、折角いろんなことを教え込んだのに、また一からやり直しなんて嫌だわ、と。

今やニックはウィンキーの皇帝ですが、お妃になんてなりたくない、社交界には興味が無いわ、と言います。

そりゃ、たまには腹の立つことだってあるけど、今が幸せなの。

 

ブリキ男たちは黙るしかなく、家を立ち去りました。

チョップファイトのことを思うと釈然としない気持ちは残りましたが、これでいいのでしょう。

 

その後、オズの都のオズマ姫の采配でファイター大尉はエメラルドの国に兵隊として仕えた後にギリキンの国へ派遣され、ウート少年は旅を続け、ニックとかかしはウィンキーの国に帰ったとさ。

 

どう思います?

ブリキ男たちは、彼ら自身が自己評価するほどに、恋人に対して優しく誠実な男だったでしょうか。

 

ゴウセルの「心が無い」という悩みも彼の思い込みでしたから、それを言い訳にギーラやディアンヌを弄んだことは、彼の罪だったということになりますね。

とは言え、ニミー・エイミーも、ギーラやディアンヌも、さっさと立ち直って逞しく先へ進んでいます。その強さが幸いでしょうか。 

 

 

過去の罪を悔い続ける英雄・ゴウセル
 ⇒ゴウサー卿

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では最後に、大本命の元ネタ『ゴウサー卿 Sir Gowther』について語りましょう。

これは15世紀半ばから後半にかけて中英語で書かれた作者不詳の物語です。

主人公「Gowther」の名は、日本では「ゴウサー」とカナ表記されるのが一般的のようです。『七つの大罪』で「ゴウセル」になっているのは、多分、作者さんがタネ本にしただろう書籍が その表記になっていたから、ですね(笑)。

折角なので、ここでは「ゴウセル」表記で あらすじを紹介してみることにします。

 

この物語の稿本は二つ現存しており、ストーリーの大筋は同じですが、それぞれで細部が異なります。スコットランド国立図書館所蔵版の方が大衆向けで残酷描写が強く、大英図書館所蔵版は上流階層向けに描写がソフトであり、主人公とヒロインの恋愛要素も強めてある(戦争が起こる以前の道化時代からヒロインは彼を愛している)と評価されています。

以下のあらすじはスコットランド国立図書館版をベースに、大英図書館版の要素を補完したものになります。 


我らの代わりに十字架の上で罰を受けた愛しい者、全能の神、父と子と聖霊は、周辺に潜み魂を盗まんとする悪魔から、常に我らを護り給う!


かつて、女性のもとに彼女の夫に擬態した悪魔が訪れたことがありました。

ある意味で これは、マーリンや、まさにアーサー王自身を生み出した方法と同じであると言えるでしょう。

異界の住人が女性を妊娠させる可能性があると知るとは奇妙なことです。彼らは自身の姿を持たないので他人の姿をとる。少なくとも聖職者はそう教えています。私はそれに異論を唱えません。

キリストが我々を そのような恥辱から護っているのだから、もはや議論する必要はないと教会書記は言います。

しかし私は語ります。「妖精の子」の野蛮な所業と共に。彼の母を結婚のダンスに導いたのは誰だったのかと!(※ここで言う「妖精」とは、キリスト教の神以外の、古来の神霊的存在全般を指す。ここでは悪魔も妖精も同じ意味。)

私は いい悪いに拘らずブルトン物語詩レー(吟遊詩人が民間に歌い伝えていた物語)を求め、この素晴らしい地域から次の珍奇な物語を引っ張り出しました。

 

 

オーストリアの公爵が、百合のように白い顔と薔薇のように赤い頬を持つ非常に美しい娘と結婚しました。

結婚式の後は壮大な宴会があり、丸一日が馬上槍試合に費やされました。そしてその翌日にも公爵は激しい戦いで多くの名誉を獲得し、十頭の馬に勝ってみせたものです。

公爵と公爵夫人は10年以上幸せに暮らしましたが、子供は授かりませんでした。彼らの幸せは翳り始めました。そしてある日、公爵は彼の妻に言ったのです。

「お前は石女うまずめなのだろうか。別れるべきかもしれない。このままでは跡継ぎの無いまま年老いてしまうだろう」

夫人は溜息をついて、妊娠できなかったことを たいそう嘆きました。彼女は神と聖母マリアに子宝を祈りましたが、甲斐はありませんでした。

 

ある日、夫人は彼女の果樹園で、とても魅惑的な男性と出逢いました。彼は彼女の夫そのものに見えたので、木の下に横たわって愛し合いました。

ところが行為が終わった後で、男は毛むくじゃらの正体を明かしたのです。

「私はお前に子供を授けた」

彼は言いました。

「その子は誰の手にも負えない若者となり、狂人のように武器を振るうだろう!」

彼女は飛び起きて出来るだけ速く自室に駆け戻って祈りを捧げました。そして夕方になってから、一晩中愛してほしいと夫を誘いました。

「天使が天から私のもとを訪れました」と彼女は言いました。

「今夜 私は子を身ごもり、私たちの悩みは全て終わると保証してくださったのです」

夫は まだ妻を愛していたので、幸せな気持ちで彼女の誘いに乗りました。二人は熱烈に愛し合い、夫人は重荷から解放されたのです。

 

彼女の胎に宿った赤ん坊は、マーリンの腹違いの弟に他ならなかったでしょう。一人の悪魔が両方を作ったのですから。彼は若い女を誘惑して一緒に寝る以外のことはしないのです。

 

公爵夫人は日に日にお腹が大きくなって、いずれ凶悪になるだろう小さな男の子を産みました。公爵は赤ん坊を教会へ連れて行き、洗礼を受けさせてゴウセルと名付けました。 

公爵は夫人を いたわって、国で最高級の乳母を召し上げました。彼女は高貴な騎士の妻でした。乳飲み子は乳をあまりにも強く吸ったので乳母を死に至らせました。三人目が埋葬されたとき、公爵は更に六人を召し上げましたが、十二ヶ月後には全員が地面の下に横たわっていました。

騎士団は評議会を開き、公爵の息子のために妻を失ったことは笑い事ではないと訴えて、それ以上の乳母の提供を拒否しました。

それで自分の乳を吸わせた公爵夫人は不幸に遭いました。赤ん坊は吸いついた彼女の乳首を引き裂いたのです! 彼女は後ろに倒れ、部屋から逃げ出して司祭を呼びました。

医者は彼女を速やかに治療しました。しかし、もはや子供に乳を吸わせる勇気が無かったので、栄養たっぷりのソースを与えることにしました。子供は旺盛な食欲を発揮して成長しました。

 

ゴウセルが15歳のとき、自分のために鉄と鋼でファルシオン falchion(片刃の片手剣。刃部分がやや湾曲したサーベルのような少し日本刀に似たものから、幅広刃で鉈に近い形状の無骨なものまで、形状は様々ある。ここでは鉈に近い幅広の形状の方と思われる。)を造りました。あまりに大きな その刀を彼以外の誰も振るうことはできません。彼はとんでもなく乱暴な若者であり、多くの人々を脅かしました。

彼は、他の若者が六、七年かかるところを一年で熟練しました。16歳までには巧みに乗馬ができて、公爵が手を付けられないほど乱暴だったので、彼を騎士にする以外の選択の余地はありませんでした。

その国に彼の打撃に耐えることのできる者はいませんでした。

彼の母は人々から息子の素行を聞かされては途方に暮れて、悲しみを隠すことができません。堅固にした石灰と石の城に逃げ籠もりました。

臣民はゴウセルを恐れ、彼がこの世に産み出されたことを呪うばかりです。いつ彼にファルシオンで殺され、馬を背開きにされても おかしくありませんでしたから。

 

それら全ての罪が、公爵を悲しみと心労で殺しました。

 

今やゴウセル卿は公爵です!

恥知らずにも教会を冒涜し、どこで出遭おうと聖職者たちを殴り、ミサにも朝課にも修道士の説教にも出席しません。

私は誓います、彼は いつでもどんな時でも、彼の父(悪魔)の意向に そぐっていたと。

 

公園や林、森林地帯や荒野での狩りは、彼のお気に入りの娯楽でした。

ある日のこと、犬と一緒に狩りに出かけていた時、道中で修道院を見つけました。

彼がそこに馬を走らせると、女子修道院長と彼女の修道女たちは急いで並んで出迎えました。彼を恐れていましたから。

彼と彼の手下たちは彼女たち全員を強姦し、教会に投げ込んで生きたまま焼きました。

 

どうしてこんな事実を隠していられましょうか!

彼の名は、このような行いによって遠く広く知れ渡ったのです。

 

老いも若きも、キリストを信じる者は皆、悲しみをもたらされました。

結婚を控えた乙女は犯されて破滅し、妻は夫から無理やり奪われ、夫は殺されました。修道士に高い崖から飛び降りるよう強要し、教区牧師を吊るし首にし、司祭を斬り殺しました。好んで隠者を焼き払い、貧しい未亡人に火を放ち、多くの惨劇が引き起こされました。

 

その日、老いた伯爵が公爵のもとへ やって来ました。

「卿、あなたは何故このように振る舞うのですか?」と老伯爵は言いました。

「あなたはキリスト教徒の血統ではない。災いをもたらす悪魔か何かの息子だと我々は確信しています。あなたは悪しか成さず、善を決して行わず、悪魔の血縁のように振る舞うのですから」

「卿」と腹を立ててゴウセル卿は答えました。

「それが嘘なら、お前を首吊りにして四分の一に刻んでやる」

そして その老人を地下牢に投げ入れ、出来るだけ速く母のもとへ向かいました。

「母上」と彼は叫びました。

「嘘をつかずに すぐ教えてください、私の父が誰であるかを。さもなければ この刃があなたに刺し込まれるでしょう。教えてくれ、命が惜しいなら」

そして母の胸にファルシオンの切っ先を突き付けました。

「我が君(前公爵)ですよ、先日 亡くなられた」と彼女は答えました。

「あなたは嘘をついている!」彼は叫んで泣きました。

「息子よ」と彼の母は言いました。

「私はあなたに真実を話します。あなたを受胎した日、悪魔が私と果樹園で寝ました。そっくりだったので我が君だと思ったの。栗の木の下でのことだったわ」

二人は ひどく泣きました。

「行って、司祭に赦しを得てください、母上」とゴウセル卿は言いました。「私はローマに行って別の生き方を学びます」

そして何かに衝き動かされて叫びました。

「主よ、お慈悲を!」

神よ、マリーは何者を産んだのか。

父である悪魔から守って魂を天国へ導いて欲しいと、彼は神と聖母マリアに祈りました。

ゴウセル卿は自分の家に戻り、老伯爵を解放して言いました。

「あなたの言ったことは真実だった。私の城と領地の管理を あなたに任せたい。私は法王に告白し、全てを償うためにローマに行かねばならないのだから」

彼は相続人として老伯爵を残して、馬を使わず徒歩でローマへ旅しました。しかしながら彼のファルシオンは携えられており、いつでも彼の腰に ぶら下がっていました。

 

彼はローマに到着し、法王との謁見を待ちました。

ついに機会が訪れた時、ゴウセルは片膝をついて一心に訴え、赦免を切望しました。

法王は訊ねました。

「あなたはどちらから?」

「私はオーストリアの公爵です、主上」と彼は答えました。

「御座にあります神により、そこに私は寄る辺なき悪魔から生み付けられ、優美な公爵夫人から生まれました」

「あなたは洗礼を受けましたか?」と法王は訊ねました。

「はい、私の名はゴウセルです。そして今、私は神を愛しています」

「あなたの来訪を神に感謝します。でなければ あなたに忠告するためオーストリアへ旅立っていたことでしょう。何故なら あなたは聖なる教会を破壊した」

「聖なる父よ、ご気分を害さないでください。私はあなたの命令に従い、あなたが与えた償いに耐え、キリスト教徒を傷つけないことを誓います」

「ならばあなたのファルシオンを置きなさい」と法王は指示しました。「私が命じる前に、あなたは認められ、赦免されるでしょう」

「いいえ、聖なる父よ」ゴウセルは言いました。「私はこれを手放すわけにはいきません。私には ごく僅かな味方しかいないのですから」

「それでは、あなたは これから北であろうと南であろうと どこへ行こうとも」と法王は命じました。「犬の口から取ったもの以外は食べてはなりませんし、良いことだろうと悪いことだろうと一切の言葉を口にしてはなりません。あなたの罪が赦されたという神の印を受け取るまでは」 

ゴウセル教皇の椅子の前に跪いて、放免されました。

 

彼はローマでは犬の口から取った骨以外は食べず、慌ただしく道を行きました。

遠い国に至り、丘の上に座ったと言われています。

一匹のグレイハウンド犬が、彼が彼女の子犬であるかのように、毎日 彼に食べ物をもたらしました。三夜の間、彼はこのように暮らしていました。そして毎日グレイハウンドは彼に一斤のパンをもたらしました。

しかし四日目にはグレイハウンドは現れず、彼は神への感謝を思いながら立ち上がって、近くにある城に向かいました。

 

城にはドイツの皇帝が住んでいました。ゴウセルは中に入れないにも拘らず、大胆にも門の傍に座りました。

やがてトランペットが吹き鳴らされ、騎士たちが広間に集まって、皇帝が席に着きました。

ゴウセルはチャンスを悟りました。

門には門番も、広間の戸口には受付人も、彼を止めることのできる人が見当たりません。群衆の中を高テーブルまで素早く走り、その下に座りました。

執事が棒を持って向かってきて、立ち去らねば殴ると脅しました。

「何事だ?」と皇帝が訊ねました。

「閣下」と執事は言いました。「これは私が今まで見た中で最も美しい男の一人です。――来て見てください!」

皇帝は すぐに見に来ましたが、一言も喋らせることが出来ません。彼を座らせて幾らかの食べ物を与えさせましたが、食べもしません。

「なんて態度の悪い男だ」と皇帝は言いました。「だが、何かの贖罪をしているのかもしれない」

皇帝は食卓に着席して給仕を受けると、口のきけない男に幾らかの食べ物を与えましたが、その場にほったらかします。

その時、スパニエル犬が骨を咥えてやって来ました。ゴウセルは骨を取って貪欲に齧りつきました。雷鳥もパイも食べず、それが噛まれていたり欠けたりしていようと犬の口から得られたものしか食べないのです。

主賓席の皇帝と皇后、騎士と貴婦人たち。高テーブルに着いた皆はこれを見て、彼らの猟犬に食べ物を渡しました。

充分な食事をする最良の機会と見たゴウセルは近付いてきて、犬を介して給仕されました。

こうして彼は犬の間で食事をし、夜にはカーテンで仕切られた小部屋に案内されて、毛布をかぶって寝ました。

翌日の正午にも彼は広間に食事に来ました。人々は彼を「ホブの馬鹿 Hob the fool(または「ホブ、私たちの道化 Hob, our fool」)と呼んで、彼は神に身を委ねて この生活に甘んじたのでした。

 

皇帝には美しい娘がいました。そして、その人はゴウセルと同じくらい喋りませんでした。話したくても話せないのです。可愛くて、淑やかで、心優しい娘でした。

ある日のこと、使者が来て皇帝に言いました。

「我が主スルタンイスラム教国の君主)は あなたに最上級の挨拶を申し上げる。そしてあなたに報せよと命じました。あなたの美しく優雅な娘を花嫁に差し出さぬ限り、昼夜を問わず戦い、あなたの全ての都市を燃やし、全ての臣民を殺すと」

「私には ただ一人の娘しかいない」と皇帝は言いました。「彼女は石と同じくらいに無口だが、過ぎるほどに美しい。どう強いられようと、我らのため犠牲となったキリストの傷にかけて、お前のスルタンのような異教の犬にやるものか。神はまだ、彼女に言葉を返して下さるかもしれないのだからな」

使者は急いで戻って返事をスルタンに伝え、多くの悲劇を引き起こすことになりました。

スルタンは軍勢を引き連れました。

勇敢な戦士である皇帝は、彼の軍隊の半分の兵を指揮しました。陸軍元帥が残り半分を指揮しました。

 

ゴウセルは すぐに自室へ行って神に祈りました。鎧、盾、槍、そして戦争で彼を助けられる軍馬を送り給えと。

彼が祈り終えるより早く、頼んだ全てが戸口に現れました。

馬と鎧は黒でした。彼は盾を肩に掛けて槍を手に取り、逞しい軍馬に飛び乗って城門を駆け抜けました。

 

誰も それを知りませんでした。自分の塔から様子を見ていた皇帝の娘以外には。

 

彼は拍車をかけて湿地を越え、荒野ヒースを戦場へ向かいました。到着した時、皇帝とスルタンは既に互いの軍隊を対峙させていました。

ゴウセルは慈悲を与えず、捕虜にもせずに、多くの頭を打ち砕き、多くの馬を殺しました。脳漿のうしょうを撒き散らした異教の騎士は鞍から落ちて泥の中に転がりました。

彼はスルタンの軍隊を敗走させ、日没までその退却を妨げて、その過程でも多くの異教徒を殺しました。

それから皇帝のもとへ戻りましたが、誰も彼が何者かを知らないのでした――誰一人も。

そう、皇帝の娘を除いては。

 

彼は私室へ行って武装を解きました。それらを置くと全て消えてしまい、どこにどうなったのかも分かりませんでした。

皇帝が広間で食事をしていた時、ゴウセルは入ってきて、二匹の小さな犬の間に場所を取りました。

皇帝の娘は二匹の素晴らしいグレイハウンド犬を連れて行くと、ワインで犬の口をすすぎ、片方の犬の口にパンを、もう片方の犬の口にフィレステーキを入れました。ゴウセルは彼らが来ると、躊躇わずに これらの贈り物を受け取りました。彼は気持ちよく座り、それから自分の小部屋で休みました。

 

翌朝、スルタンの使者が到着しました。

「卿」と彼は言いました。「昨日あなたは多くのスルタンの部下を殺した。そして今日、彼はその過ちに復讐するために一万以上の軍勢を平原に待機させております」

「馬と鎧を持ってくるのだ」と皇帝は叫びました。

 

ゴウセルは私室に退がって、再び皇帝の傍で戦うための手段を与えてはもらえないものかと祈りました。神はゴウセルに赤い鎧と栗毛の馬を与え、赤い騎士は森と沼地を越えて、既に出発した皇帝の軍勢を追いました。

そして軍隊が交戦した時、まるで物語のように、ゴウセルは多くの騎士の間を駆け抜けながら馬から転倒させ、多くの盾と冑を叩き斬って、敵の旗を分捕りました。彼の後ろには首のない死体が列をなしました。彼は武勇を見せつけました!

「ああ、主なる神よ!」と皇帝は叫びました。

「私を助けてくれた、この勇敢な赤い騎士は何者なのか? 昨日も彼のような黒衣の何者かがサラセン人(中世ヨーロッパでのイスラム教徒を指す呼称)に大きな苦しみを与えたのだ。あの騎士の打撃は鉛のように重く、硬い鋼で出来たファルシオンを よく振るい、決して打撃を無駄にしない」

戦いの真っ只中へ飛び込んだ皇帝に その勇敢な騎士は続き、彼らは敵の肉と骨を打ちました。スルタンは彼の軍の残党と共に森へ逃げました。

 

ゴウセルは輝くくつわを回して皇帝のもとへ戻って、それから彼の小部屋に退がりました。脱ぎ捨てると馬と武装は直ぐに消えました。広間に入ると、皇帝と臣下たちが既に夕食を摂っているのを見たので、犬の間に座りました。

乙女はグレイハウンドを連れてきて、「ホブの馬鹿」が食べるとき前と同じようにしました。彼は自分の小部屋に退がりました。

 

皇帝は彼を勝利させた天の神…七日間の昼と夜を創った…に感謝しました。スルタンを二度倒し、逃れ得た者を除く彼の最強の戦士たちを全員殺したのですから。

「冒険好きの「遍歴の騎士 knights-errant」が二人来て、我らに力を貸してくれた」

彼は誇らしげに話しました。

「二日に二度、毎日一人ずつ、どこから来たのかは判らないが、一人は赤、もう一人は黒だった。あの時、そのどちらかが現れなかったならば、状況は全く違う道を辿ったかもしれない!」

吟遊詩人の演奏、騎士たちと貴婦人たちのダンスで、広間は祭りの雰囲気を帯びていました。

けれど戦いで傷つけられて疲れ切っていたゴウセルは彼の小部屋に横たわっていました。ダンスも遊戯も望みません。彼が考えていたのは自身の罪のこと。どうすれば神の目にかない、魂の祝福を得られるのか。それだけでした。

ロマンスで語られるように、騎士と貴婦人たちはベッドへ行きました。

 

朝にスルタンの使者が到着しました。

「我が主は、もはやあなたに少しの寛容をも示すつもりはありません!」

使者は言いました。

「今こそ戦争である! 我が主は大きな力を持ってきた。あなたが愛娘を与えぬ限り、あなたの城を包囲し、あなたの騎士の一人も生きてはおられぬほど血を流し骨を砕くだろう」

「お前のスルタンなど何ほどでもないわ!」と、皇帝は軽蔑して叫びました。

「望むなら、再び我が軍勢を集めて表で会ってやろう!」

 

皇帝の騎士は全員武装し、午前中には馬に飛び乗って盾と槍を取って城門を通り抜けました。

ゴウセルは馬と幾つかの武器を すぐに送りたまえと祈りました。直ちに彼は、素晴らしい白い新たな鎧を、乳白色の軍馬と白い盾と一緒に手に入れたことに気付きました。彼はそうした装備で軍勢の後に馬を走らせました。

 

皇帝の娘は、前の二回と同じように彼を見ていました。そして彼のために祈りました。

 

彼の正体を人は知りません。彼が自慢することも得意がることもしなかったからです。しかし彼は、すぐに跡を辿って軍勢の後を追いかけました。

先頭の皇帝のもとにゴウセルは馳せ参じました。

けたたましく威力甚大な打撃で、開戦早々、偉大な異教徒の支配者は悲痛を味わうことになりました。騎士は殺され、彼らの旗は地に投げ捨てられました。

黒テンの毛皮を着たスルタンの旗には三匹の銀のライオンが のさばっており、一匹は赤で、一匹は金で、そして三匹目は青で飾られていました。彼の冑は合間に柘榴石カーバンクル金剛石ダイアモンドが填め込まれた豪華なものでした。

彼の大隊は秩序立っていたし、彼の旗は広い範囲に掲げられていましたが、すぐに乱れ始めました。

良き騎士ゴウセルは、これまで以上に勇敢に、一撃ごとに鋼鉄の冑を打ち壊し、人馬諸共に斬り倒して地に転がしました。

スルタンの歩兵たちは 間もなく後退し始めました。スルタンが皇帝の娘を欲しがったために多くのキリスト教徒と異教徒が命を失うことになったのです。

ゴウセルは戦い続け、軍馬を追い越して彼らを死へ送りました。彼のファルシオンを見舞われた者は みな地に落ちて、もはや起き上がることも医者を探すこともありません。

戦いがどんなに過酷であろうとも、神の怒りを恐れるゴウセルは怒りや痛みの声すら発しませんでしたし、空腹でも犬の咥えたものでない限り食べませんでした。全て法王の指示通りにやっていました。  

大胆な騎士ゴウセルは、常に皇帝と共に駆けて彼を守り、その槍の間合いに入る勇気を持てたサラセンの騎士はいませんでした。二人は共に強大でした。

その日のゴウセルは戦う以外の何も考えず、皇帝は全力を尽くして戦いましたが、それでもサラセン人は策略を以て皇帝を捕獲することに成功しました。

連れ去られた彼をゴウセルは追いかけ、勇敢な救助の果てにスルタンの首を斬り落として、皇帝を無事に自陣に戻しました。

ところが流れ槍が白い騎士ゴウセルの肩に当たったのです。

 

その成り行きは、城の高い塔から見ていた唖者の少女に酷い苦悶を引き起こしました。

そのあまりに気を失い、彼女は塔から落ちたのです。

守衛が二人がかりで彼女を城に運び戻しました。けれど首が半ば折れていて、二日経っても死んだように横たわったままでした。


戦場から戻った皇帝は、食事の用意された広間に座りました。

白い騎士は真っ直ぐに彼の小部屋へ行って戦装備を解き、犬の間に座るために広間に行きました。彼は皇帝の娘がいないことに気付き、彼の主人(皇帝)が どれほどに悲しんでいるかを見ました。

 

娘の件を酷く哀しんだ皇帝は、伯爵と男爵をローマ法王のもとへ派遣しました。まもなく法王が葬儀を執り行うために訪れ、報せを聞いた枢機卿たちが彼女を赦罪するために埋葬場にやって来ました。

埋葬前に法王らが娘の体に赦しを与えていた、その時です。

神は彼女に「目覚め」という恩寵を送られたのです。乙女は起き上がり、ゴウセルに思慮深い口調で話しかけました。

ゴウセル様、天主様はあなたに礼を送り、あなたの全ての罪をお赦しになり、あなたに祝福を与えます。あなたが自由に話し、食べ、飲み、朗らかに過ごすことを勧めておいでです。あなたは「かみものこども」の一人になるでしょう」

そして彼女は父親に言いました。

「お父様、あなたのために三日の戦いを勇敢に戦った騎士は彼なのです」

ローマでゴウセルの懺悔を聞いて叱った法王は、彼に気付いて、すぐに接吻を与えると言いました。

「今、あなたは神の子供です。もはや悪魔を恐れることはないのですよ」

 

皇帝と法王の同意を得て、ゴウセルは皇帝の娘と結婚しました。その人は淑やかで美しくて、今は口をきくことができて、父の国の全ての相続人でした。

法王は幸せなカップルに祝福を残してローマに戻りました。

 

結婚披露宴が終わるとゴウセルオーストリアに旅立って、彼の公国の全ての支配権を老伯爵に与え、未だ彼女の城に隠棲していたゴウセルの母と結婚させて、公爵にしました。

それから永代の寄付を与えた修道院を建設させ、黒衣の僧侶でいっぱいに満たして、ミサで神のための聖歌を詠わせ、堅固な塀で囲みました。

そして「私が死んだら ここに横たわる」と定めたのでした。

 

法王に赦され、神に全ての罪を赦されようとも、修道女たちを彼女らの教会で焼き殺した記憶にゴウセルは苦しんでいました。その場所を荒れ果てたままにしていたことにも。

彼は その場所に新たに大修道院と女子修道院を併設しました。教訓にするために。そして焼き殺した修道女たちの魂と全てのキリスト教徒へ向けて、世界の終わりまで祈り続けるためにでした。

 

ドイツに戻ったゴウセルは、義父である皇帝が亡くなったことを知りました。

ゴウセル卿は神聖ローマ帝国の皇帝になり(10~18世紀までドイツ皇帝の治める領域は神聖ローマ帝国と呼ばれた)キリスト教の騎士の花になり、そして異教徒サラセンには恐れられました。

どんな人にでも「神のために一生のお願いです」と頼まれれば、応じる用意は常に出来ていました。必要に応じて貧困者を支え、貴族や教会を全力で守りました。

 

こうして、彼は昔よりも より善い人生を送りました。

彼は偉大な皇帝として長年 君臨しました。亡くなると彼が建てた修道院に葬られました。神のため苦しんだ彼は、そこで黄金の聖堂に横たわっています。

彼の非常に聖なる遺骨はキリスト教徒たちに愛され、神は彼のために奇跡をもたらしました。

素直な心で彼にお参りする者は苦しみから解放されるかもしれません。かつては呪われた騎士だった彼も、神と聖霊に触発されて変わることができたのですから。

全能の神の恩寵を通して、彼は盲人の目を開き、唖者に話させ、曲がった人を真っ直ぐにし、狂気を正気にし、その他 多くの奇跡を起こします。 

 

 

このようにしてゴウセル卿は彼の不安から立ち直りました。彼は最初は裕福で、次に裸一貫で、そしてまた裕福でした。毛むくじゃらの悪魔から生まれ、恩寵は彼の到達すべき目的であり、神は喜びました。

この善と清のすばらしいブルトン人の物語詩レーは羊皮紙に書かれています。

神の子イエス・キリストよ、天国であなたの傍に居場所を得るための強い心ちからを お与えください。主は最も力ある者です。アーメン。

 

 

どうでしょうか。

ゴウセル卿が悪魔を父に持ち、皇帝の娘と恋愛し、修道女を強姦殺人した罪を犯して、その罪に生涯苦しみ、一時 身分と名前を捨てて道化じみた「ホブの馬鹿」として暮らしたことは、

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人形ゴウセルが魔神族の父に造られ、リオネス王女ナージャと恋愛し、彼女を強姦殺人した罪に問われて、その罪に後も苦しめられ、一時 身分と名前を捨てて道化じみた「アーマンド」として暮らした、それらエピソードの原型なのかもしれませんね。

 

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『ゴウサー卿』は、13世紀フランスに発する『悪魔のロベール Robert le Diableロベール・ル・ディアブル』話群の類話バリエーションだと言われています。

(『ゴウサー卿』の作者は確実に『ロベール』を読んでいただろうなと思います。何故って、道化時代のゴウセル卿の愛称が「ホブの馬鹿」でした。ホブはロベール(英語読みロバート)の愛称です。)

 

13世紀『悪魔のロベール』の概略は以下の通り。 

子供の欲しいノルマンディー公爵夫人は悪魔に祈り、夫妻は息子ロベールを授かる。彼は凶悪に育って悪逆の限りを尽くす。

50人以上の修道女を殺した時、恐れられて誰も近付いてこない…孤独であることに不意に気付く。(この「気付き」は聖霊の啓示であった。)どうして自分はこうなのかと考え始め、原因は母にあると思い、尋ねた母に悪魔に祈って生まれた子だと告白されて泣く。髪を切って剣を捨てローマ法王に会いに行く。

あまりに壮絶な罪に対応しかねた法王は、自身が崇敬する森の隠者のもとへ行くよう紹介する。隠者は神からの言葉を伝え、喋らないこと・犬と食べ物を分け合うこと・棒や抜き身の剣を振り回す狂った愚者になって街から街へ追われること、という贖罪を課せられる。

ローマ皇帝のもとで道化扱いされて1o年近く過ごす。

皇帝には口のきけない美しい娘がいる。邪悪な執事は彼女に欲望を抱いており、皇帝を始末してでも手に入れたいが故に、トルコ軍が来襲した際に援軍を送らない。

ロベールが神に祈ると神の使者が白い武具をまとって現れ、皇帝のために戦えと神の意思を伝える。武具を譲り受けて白い騎士として戦う。これが三度繰り返される。

皇帝は正体不明の騎士の正体を知りたがり、三度目の戦いの後、部下に追わせたが、足止めしようと馬を狙った槍がロベールの腿に刺さる。

皇帝は腿に傷のある騎士に娘を与えることにする。邪悪な執事は自分の腿に傷をつけ白い武具を着て我こそはと名乗り出る。

そのとき奇跡が起こり、皇帝の娘が口をきいて、宮廷にいる道化こそが白い騎士だと告げる。どうか正体を明かしてくださいと娘に請われてもロベールは躊躇うが、訪れた隠者に諭されて自身の出自を明かす。

皇帝はロベールに娘を与えようとするが、私は もはや一日たりとも俗世に留まる身ではない、姫は私のような者に穢されるべきではありませんと断り、隠者と共に森の庵に去る。

ロベールは長く生き、隠者に代わって庵に住んで信仰に身を捧げた。彼のために神は多くの奇跡を顕したので、人々は彼を聖なる隠者と崇敬した。森の庵で亡くなると、遺体はローマの聖ヨハネ教会に運ばれ、後にフランスのオート=ロワール県のロベール修道院に安置された。

 

あれ? 『ゴウサー卿』と途中まで概ね同じなのに、結末が全く違いますね。お姫様と結婚せず、生涯独身の聖人になっています。

一方、14世紀フランスの『悪魔のロベールの話 Dit de Robert le Diable』を翻訳出版した16世紀イギリスの『悪魔のロバート Robert the Deuyll』を見れば、途中まで前述の『悪魔のロベール』と大筋は同じながら、結末では お姫様と結婚して皇帝になっています。

 

悪魔への祈りから生まれたノルマンディー公の子・ロバートは、愚連隊のボスとなって悪逆非道を重ねるが、不意に目が覚め、母に出生を尋ねて回心する。

仲間たちの隠れ家に行って更生するよう促すものの、言うことを聞かなかったので、やむなく全員殺す。次に自分が悪事を働いた修道院に行って告白して謝罪し、隠れ家の鍵を託して、これを父に届けて中にある盗品を持ち主に返してほしいと頼む。そして馬も剣も捨ててローマ法王のもとへ旅立つ。

法王に罪を告白し、隠者のもとへ行くよう勧められる。隠者は天使から伝えられた、喋らない・犬と食物を分け合う・狂人になるという贖罪を努めることを課す。その状態でローマ皇帝のもとで12年過ごす。

邪悪な執事は、口のきけない皇帝の娘を手に入れたいあまり、異教徒と通じて皇帝に軍勢を向けさせる。ロバートは神の助けで得た装備で白い騎士になり、これを退ける。戦いは三度繰り返される。

皇帝が騎士の正体を知ろうとしたためにロバートは腿に槍傷を負う。邪悪な執事は自分の腿に傷をつけて名乗り出る。偽の花婿との結婚式で奇跡が起こり、皇帝の娘は口をきいて、白い騎士はロバートだと明かす。

天使にロバートの赦罪を報された隠者が訪ねてきて、これからは悪魔のロバートではなく聖ロバートと呼ばれるだろうと告げ、皇帝の娘とロバートは結婚する。

新妻と共にノルマンディーに帰郷していると、邪悪な執事が再び異教徒と共にローマを包囲したとの急使が来る。急ぎ戻ったが皇帝は殺されており、ロバートは裏切り者の執事を捕らえて処刑した。

その後は優れた皇帝として臣民に愛され、息子リチャードはフランスのシャルル大帝シャルルマーニュに仕えて異教徒との戦いで武勲を立てた。

 

『ゴウサー卿』は、これら結婚しない版・結婚する版など、幾つかの『ロベール』の類話を参考元ネタに書かれたものではという説があります。

なるほど、これらの話と合わせて読むと、『ゴウサー卿』の描写の足りない部分…例えば皇帝が留守中に唐突に亡くなった理由なども補完できそうですよね。執事の裏切りと異教徒の再襲来があったのか、とか。オーストリアに帰郷した際は新妻も同伴していたんだろうなー、とか。 

 

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ところで『悪魔のロベール』後半の、

戦場に三度現れた謎の騎士の正体を知ろうと皇帝が追わせ、その際に付いた太腿(片足)の傷を証拠に捜して娘の花婿にしようとするが、最初は偽物が名乗り出て…

というくだり、何かを思い出しませんか?

そう、『シンデレラ』ですね。ディズニーのアニメ映画や絵本のではなく、民間に伝承されている方の。

祭りに三度現れた謎の乙女の正体を知ろうと王子が追い、その際に落とした片方の靴を証拠に捜して花嫁にしようとするが、最初は偽物が名乗り出て…というモチーフ。 

 

シンデレラのモチーフを持つ昔話は世界中に伝承されています。 文献上最古のシンデレラは中国南部に伝えられたもの。もちろん日本にも昔から伝えられています。

そして、男性主人公で同じモチーフを持つ物語…男性版シンデレラも、やはり世界中で伝承されています。

 

例えば グリム童話(19世紀)に収められている『鉄のハンス』。

ある国の王子が八歳で親元を離れ、鉄のハンスアイゼンハンスという錆鉄色の肌で髪が顔を覆い膝まで垂れ下がった男の元で暮らす。鉄のハンスは豊かな森のヌシであり、深い沼の底から引き出された「野人ヴィダーマン wilder Mann」である(ヨーロッパ伝承の存在。日本の『遠野物語』で言う「山男・山女」に相似する。山野に隠れ住む未開人・異民族・半獣の怪物のニュアンスもあるが、キリスト教以前の異教の神霊的存在・森の神のニュアンスもある。毛むくじゃらの異人か、毛皮服や腰ミノの原始人か、木の葉を綴った服を着た森の精のような姿で想像される)。一度は王の雇った猟師に捕らえられたが、唆された幼い王子が檻の鍵を開け、鉄のハンスは返礼として王子を森(異界)に連れ去ったのだった。

鉄のハンスは、澄んだ泉を見張って水鏡に何も落とさないようにする、という試練を与える。しかし少年は一日目は自分の指を突っ込んでしまい、二日目と三日目には自分の長い髪を浸けてしまって、それらは黄金に輝くようになる。

少年は嘘をついて失敗を隠そうとしたが見抜かれていて、試練を越えられなかったとして俗界に戻されることになる。しかし困った時に「鉄のハンス」と呼べば助けてやると約束してもらえる。

 

帽子で黄金の髪を隠した少年は、たどり着いた見知らぬ城で台所の下働きに雇ってもらい、水や薪を運んだり、かまどから灰を掻き出す仕事をする。

王の前でも決して帽子を取らなかったため追い出されかけたのを、料理人が哀れんで庭師の見習いにしてやった。

年月が過ぎて少年が若者に成長した ある日、たまたま帽子を脱いだ若者の髪から発した黄金の輝きを、城の姫が目撃する。

彼女は部屋に花束を持っておいでと命じ、素朴な野の花を持って来た彼の帽子を無理やり取って、肩に流れ落ちた黄金の髪を確かめる。強引に一握りの金貨を与えたが、若者は金貨を庭師の親方に渡して子供たちのおもちゃにするよう言う。

次の日も、その次の日も姫は花束を要求し、金貨を渡す。若者は二日目からは帽子を取らせず、金貨は相変わらず意に介さずに親方に渡してしまう。

 

やがて戦争が起き、若者は自分も参戦したいと申し出るが、人々は馬鹿にして笑って、足を一本引きずる駄馬しか与えない。

若者はその馬で鉄のハンスの暗い森へ駆け、三声呼んで、強い軍馬を要求する。鉄のハンスは加えて武装した騎士の一隊を与える。一隊を率いた若者は壊滅しかけていた王の軍を救い、勝利させる。

戦いが終わると、若者は森に戻って元の駄馬を返してもらい、それに乗って城に帰る。

危地を救った騎士の正体に、姫以外は誰も気付かず、自分こそが手柄を立てたと言う若者を馬鹿にして笑うのだった。

 

戦勝祭で姫が黄金の林檎を投げることになる。

若者は森へ行って鉄のハンスを呼び、姫の投げる林檎をどうしても受け取りたいと言う。鉄のハンスは赤い鎧と栗毛の馬を与える。祭りに現れた赤い騎士は、投げられた林檎をキャッチすると、そのまま駆け去る。

二日目も若者は森へ行き、白い鎧と白い馬の騎士の姿で林檎をキャッチする。

三日目には黒い鎧と黒い馬の騎士として同じことをした。

挨拶もせず消える無礼に怒った王は、駆け去る騎士を家臣に追わせる。その際、家臣の一人の剣が黒い騎士の足に傷を負わせる。騎士は逃げたが、冑が外れて見事な黄金の髪が露わになる。

 

あくる日、姫は庭師の親方から、祭から戻った若者が子供たちに三つの黄金の林檎を見せていたことを聞き出した。

王の御前に呼び出された若者は、自分こそが黄金の林檎をキャッチした騎士であり、戦争で王を助けた騎士であると明かす。自分の父は強い王で金貨など何ほどでもないことも。姫が彼の帽子を取って、彼の黄金の髪を示す。

若者は望みを聞かれて姫を妻にと言い、姫は喜んで彼にキスをした。

 

結婚式には若者の両親も招かれ、行方知れずだった息子との再会を喜ぶ。

すると式場に立派な風格の王が従者たちを引き連れて入ってきた。彼は鉄のハンスで、魔法で姿を変えられていたが救われたと言い、若者をハグして、自分の全ての財産を譲ると宣べたのだった。

 

脱線しますが、深い(異界)のヌシが、見込んだ若者が呼べば素晴らしい武具や軍隊で助けてくれる辺りは、キングの元ネタである『ユオン・ド・ボルドー』の妖精王オベロンと同じモチーフですね。あるいは、灰かぶりシンデレラが亡き母の墓に走って墓標のに願うと舞踏会用のドレスが授けられるのと同じとも言えます。

 

 

もう一つ。

日本の男性版シンデレラは『灰坊』または『灰坊太郎』などと呼ばれる話です。日本各地に少しずつ違う話が伝わっていますが、ここでは種子島に伝わる『灰かぶり灰太郎』を紹介してみます。

夫婦に子供が無く、妻が神に祈る。神は、子を授けてやるが、その子が三つになるときにお前は死ぬがいいかと問う。妻は承知して男の子を産む。花のように美しいので花千代と名付ける。

花千代が三つのとき母は亡くなり、やがて新しい母が来た。継母は自分が産んだ子に跡を継がせたいので花千代を憎む。仮病を使って伏せり、花千代の生き胆を食べれば治ると易者に言われたと嘘をつく。

父は息子を殺せず、代わりに犬の肝を持ち帰って妻に食わせ、花千代を逃がす。

花千代が日の丸の扇子をあおぐと天から金覆輪きんぷくりん(金の縁取り)の鞍を置いた明け三歳の馬が降りてきて、花千代の前で膝を折って乗れと促す。父に別れを告げて出発する。

 

遠くへ至って疲れたとき、どこからか花千代の名を呼ぶ声が聞こえ、亡き母が現れる。

それから三晩の間、亡母は花千代を膝に抱いて慰めてくれたが、三晩目に今夜限りだと言って、小さな木の箱をくれ、嬉しいときに開けてみなさいと言う。また、この先の奥山に婆さんがいるから、そこに泊めてもらえと指示する。

 

次の日の夜に、奥山の婆さん(山姥~魔法使いのお婆さん的存在)の家に着く。押し問答の末に泊めてもらい、身の上を話して今後を相談する。この先に長者の屋敷があると聞いて、そこで雇ってもらえないものかと言えば、婆さんは、こんなに綺麗な子は雇わないだろうから姿を変えねばと言い、翌朝、花千代の髪をグシャグシャにして、油を混ぜた灰を肌に塗りたくって、婆さんの汚い着物を着せた。

汚い乞食姿の花千代は風呂焚きに雇われ、灰にまみれて働いた。灰でいつも汚れていたので、他の召使いたちは「灰太郎」と呼んで馬鹿にし、自分の仕事を押し付けさえしたが、花千代は少しも腐らずに引き受けるのだった。

 

数年が過ぎ、花千代は若者に成長する。

村に芝居の一座が来て、屋敷中で見に行くことになる。病気だと言って伏せっている長者の一人娘と共に花千代は留守番になるが、家人がいなくなると、娘は起き上がって芝居に行こうと誘う。

花千代は婆さんの家に行って体を洗って着換え、美しい若様になる。亡母にもらった木の箱を開けると、青葉の笛と隠れ笠が出てきたので、笠をかぶり笛を吹きながら、長者の娘と連れ立って芝居見物に行く。

人々は二人のあまりの美しさに驚き、山の神ではないかと噂する。

芝居が終わると他の人たちより先に帰って、花千代は元の灰太郎に戻り、娘は布団をかぶって病気のふりをした。

帰ってきた召使いたちは、口々に素晴らしく綺麗な男女が来ていたと語り、お前も見に来ればよかったのにと憐れむ。花千代は「オラァ一生、風呂焚きの灰太郎だから」と素知らぬ顔で言ってのける。

次の日と その次の日も同じことが起こる。

 

長者は娘の様子の変化に気づき、婿を取ることにする。奥山の婆さんの提案で、35人の召使い全員に盃を持って行かせ、娘が受け取った者を婿にすると定められる。

皆が着飾って大広間に集まったなか、灰太郎だけは灰かぶりのまま隅に座っている。

しかし娘が受け取ったのは灰太郎の盃だった。

騒然となったなか、婆さんが、自分の家からこの屋敷まで花道をこしらえてくれと指示する。婆さんの家で体を洗って着換えた輝くばかりの花千代が、笛を吹きながら花道を通って屋敷に現れると、人々は芝居の日に見た若様が誰だったのかに気づく。

花千代は長者の娘と婚礼を挙げ、長者の跡を継いで、夫婦力を合わせて幸せに暮らしたという。

 

序盤の、継母が継子の生き胆を要求するくだりに『白雪姫』を思い出した人は多いかもしれません。同じモチーフですね。

沖縄の類話には『鉄のハンス』と同じように、長者の娘が黄金の毬を投げて婿選びする展開になるものもあります。

また、上の例話では話が少し崩れていますが、多くの類話では、灰坊は亡き母の霊に授かった魔法の笛で魔法の馬を呼び出して、美麗な衣装に着替えて、馬に乗って颯爽と祭りや芝居の場に現れます。長者の娘は偶然 灰坊の正体を垣間見て、恋煩いになり、婿選びのイベントが行われることになります。

花千代が父と別れて旅立った後、亡き母の霊が現れて三夜に渡って彼を膝に抱いて庇護したくだりには、ゴウセル卿がローマ法王(聖父)のもとを旅立った後、牝のグレイハウンド犬が現れて三夜に渡って彼にパンを与えて庇護したエピソードを思い出さされるかもしれません。

 

 

いかがでしょう。『ゴウサー卿』や『悪魔のロベール』に似ていませんか?

家を出て みすぼらしく姿をやつす以降の展開を重視するなら、『ゴウサー』や『ロベール』は男性版シンデレラ譚の一端と捉えることが出来るのです。

 

ゴウセル卿の神の騎士への変身と活躍は三度繰り返され、黒い鎧・赤い鎧・白い鎧と、三度とも違う色の軍装なのが面白い点ですが、これも民話の視点から見れば珍しくはありません。 

昔話では出来事イベントが三度繰り返されるのは お約束。そして魔法で変身した主人公のドレスや鎧が、毎回 色の違う美麗なものに変化する…現れる度に お色直しされて より良くなっていく…というモチーフは、『シンデレラ』や その近似話型である『千匹皮(日本の昔話で言う『姥皮』)』話型の、特にヨーロッパのもので しばしば見られます。

 

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とは言うものの、『悪魔のロベール』話群の読者・研究者の多くは、この物語に含まれるシンデレラ系要素には目もくれません。

注目されるのは「罪を犯した騎士」「(初期キリスト教における)贖罪」「野人・卑俗者から聖人への転化」といった要素であり、「悪魔の子は悪魔か?」というキリスト教的な命題です。

 

マイヤベーア作曲による19世紀のオペラ『悪魔のロべール』(「鬼のロベール」という邦題でも知られている)に至っては、シンデレラ要素は丸々カットされています。

ロベールが賭博で戦装備を全て失ってしまう別方向のダメ男になっており、悪魔である父・ベルトラム(正体を隠して悪友として振る舞っている)からの堕落への誘い(地獄で息子と暮らしたい父の愛)と、イタリアの王女イザベル(エリザベス)との誠実正道を求められる恋愛と、乳兄妹アリーセ(アリス)と亡き母からの更生を願う家族愛の間で揺れ動き、グズグズ迷っているうちに時間切れで地獄行きを免れるという、なんとも可愛らしい、全く印象の違う話に改変されているくらいです。ちなみに贖罪は全然しません。

(悪魔の父が色男の姿で登場し、息子を地獄に引き込もうと画策するが失敗して地獄(地中)に消えるオチになる辺りには、なんとなく17世紀の戯曲『マーリンの誕生』の影響を感じます。)


 

あるいは、実在の人物や事件をモデルにした話だと考え、そこに注目する研究者もいます。

よく挙げられるのは11世紀初めの人物である第6代ノルマンディー公のロベール1世がモデルだとの説で、そのおよそ20年後に生まれた第3代シュルーズベリー伯爵のロベール・ド・ベレームだとの説も挙げられています。

どちらも『悪魔のロベール』最古の稿本(13世紀)より昔(11世紀)に生きた人物であること・ロベールという名の貴族であること・ノルマンディー周りの人物であること・悪魔のように残酷な行いをしたと歴史書に書かれてあることを根拠にしているようです。

 

個人の考えを述べるに、主人公の名前や立場、地名に現実からの影響があったとしても、幾らでも挿げ替えられる程度のものでしかないと思っています。

元々存在していた物語に実在の名称を付与したとして、物語のモデルが「それ」だと言えるでしょうか?

この物語自体は世界各地に見られる様々な民間伝承のモチーフが組み合わさったものです。モデルとなった現実があるはずだと考えるのはナンセンスではないでしょうか。

 

 

主観では、この物語群の本来の形は『ゴウサー卿』のような男性版シンデレラ譚であったろうと思っています。

テキスト上最古の『悪魔のロベール』は お姫様と結婚せず隠者になる結末ですが、それでも「白い騎士への三度の変身」や「残した証拠を元に花婿を捜す」といったシンデレラモチーフが入っています。本来は結婚する形だったのを、よりキリスト教的な教訓を含ませようと結末を改変したと想像するのは自然ではないでしょうか。

 

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この物語をキリスト教の見地から見る研究者は、ロベールやゴウセル卿の不思議な出生のエピソードに、キリストや聖母マリアの出生との共通点を指摘します。

 

ヤコブの原福音書』(2世紀)によれば、裕福な夫婦が老齢にして子が無いことに悩み、夫・ヨアキムは放牧地に行って四十日四十夜の断食をして神に祈り、妻・アンナは月桂樹の下に座って嘆きを歌っていたとき、それぞれのもとに天使が現れてアンナの懐妊を告げ、後に聖母となるマリアを産んだと。

そして、成長したマリアは水を汲んでいた時、やはり天使に己の懐妊を告げられたとされています。彼女が産んだのがイエス・キリストです。

 

さて、ゴウセルの母である公爵夫人はと言えば、長い間 子の無いことに悩み、栗の木の下に座っていたとき、悪魔と出遭う不思議な体験をして懐妊を告げられ、夫に「天使が受胎を告知した」と伝えましたよね。

確かに似ています。

これを以て、神の申し子キリストと悪魔の申し子ゴウセル卿(ロベール)は鏡映し、ゴウセル卿は「悪のキリストアンチ・キリスト」であると、よりキリスト教の世界に純化した読み方をすることも可能でしょう。

 

ただし、似たような「不思議な出生」のモチーフは、キリスト教関連に限定されたものではありません。世界中の伝承物語で見られます。

 

たとえば、御伽草紙の一つで室町時代(14~16世紀)に成立したとされる日本の説話『花世の姫』は、主人公の出生を以下のように語ります。

駿河するがの国の長者、豊後守盛高ぶんごのかみ もりたかは子の無いことに悩み、妻と観世音菩薩に祈る。妻が庭の梅の木を見ていたとき、枝に雀の親子を見て「鳥にさえ子があるのに」と嘆く。その夜、観世音菩薩からかぐわしく美しい梅の花を一輪授けられる夢を見て、子の授かる報せだと夫に伝える。産まれた娘に梅の花にちなんで花世の姫と名付けた」

御伽草紙の『花世の姫』『鉢かづき姫』『姥皮』は、イタリア伝承のシンデレラ・千匹皮譚と殊に強い類似を示しています。また『花世の姫』の冒頭の、草木を見て子が無いことを嘆き、花にちなんだ子が生まれる下りは、やはりイタリアを中心に伝承される『銀梅花ミルテの木の娘』話群にそっくりです。その辺り出身の宣教師か商人が伝えたのでしょうか。

一方で、面白いのは先に紹介した種子島の男性版シンデレラ『灰かぶり灰太郎』も『花世の姫』と冒頭部分がそっくりだという点です。屋久島に伝わる灰坊の類話でも、やはり神仏に祈って生まれた男児に「こざくら」と花の名を付けています。

 

あるいは、グリム童話の『杜松ねずの木(継子と鳥)』(19世紀)だと、こう語ります。

「金持ちで信心深い夫婦に子が無く、妻は日夜 神に祈っている。妻が庭の杜松ねずの木の下で林檎を剥いていたとき、切った指から血が雪に滴ったのを見て白い肌に赤い頬の子が欲しいと嘆く。夏に杜松ねずの実がなると妻はそれを食べ 、望んだ通りの美しい男児を産んだ。子を産んですぐに妻は亡くなった。」

 

北欧の『ヴォルスンガ・サガ』(13世紀頃)では、こう語ります。

「フーナランドの王・レリルは妃との間に長く子が無く、神々に祈ると、主神オーディンに命じられた戦乙女ワルキューレフリョーズがカラスに変身して飛来し、空から妃の膝の上に林檎を落とした。これを夫婦で分け合って食べると懐妊した。しかし妊娠期間は六年に及び、 その間にレリル王は戦地で病死し、妃の願いで やむなく腹を裂いて息子ヴォルスングを取り出し、妃は亡くなった」

余談。中国の『史記』(紀元前1世紀)や『竹書紀年』などによれば、殷の帝である高辛氏が春分の日に妃の簡狄と共に郊外に出て、簡狄とその妹が水浴び(水遊び)をしていたとき、ツバメ(黒い鳥)が飛来して女たちのもとに美しい五色ごしきの卵を落とした。それを取って呑み込んだ簡狄は懐妊し、月満ちると、男児・契が母の胸を裂いて生まれた、とあります。

 

フランスのオーノワ夫人(ドーノワ夫人)の妖精物語『白い牝鹿』(17世紀)では、こう語ります。

「立派な王夫妻に長く子が無く、妃は霊験あらたかで有名な泉に行って水を飲むことを怠らずにいる。泉の傍に座って嘆いていると、泉からザリガニが出てきて(正体は老婦人の姿をした妖精)子を授けると告げる。美しい娘が産まれ「望みデジレ」と名付けられる。(しかし誕生祝いに肝心の泉の妖精(ザリガニ)だけを呼び忘れたため、姫には条件付きの死の呪いが掛けられる。)

 

また、グリム童話の『いばら姫』(19世紀)でも こう語ります。

「王夫婦が長く子の無いことを悩んでいる。妃が水浴びしていたとき、水からザリガニ(三版以降はカエルに変更されている)が出てきて、一年以内に子を授かると告げた。妃は美しい娘を産んだ。

 

トルコの民話『毛皮娘』では こう語ります。

「子の無いバディシャが妃と散策に出て、出遭った托鉢僧(類話によっては魔神デルウィシに相談すると、一個の林檎をくれ、妃と分け合って食べれば子を授かると言う。美しい娘が生まれたが、妃は間もなく亡くなった。」

 

そして、江戸時代に多数 出版されていた草双紙『桃太郎』群の中には、子の無い老夫婦が神に祈って(または神の夢告げを受けて)桃を授かり、その桃から男児が生まれた、もしくは夫婦で分け合って食べると妻が懐妊して男児を産んだ、と語るものが少なくありません。

例えば北尾政美の画による『桃太郎一代記』(18世紀)には こうあります。

「老齢にして子の無い夫婦が嘆いていると、夢に桃山の神が現れて子を授けると告げる。翌日、言われたとおり夫は山へ柴刈りに、妻は川に洗濯に行くと桃が流れてきた。持ち帰って夫婦で食べれば格別おつな味で、たちまち若やぎ若返り、やがて妻は身ごもって男児を出産、桃太郎と名付けた。」

日本の民話では、瓜子姫も一寸法師もタニシ息子も、場合によっては花咲か爺の犬さえも、「子の無い夫婦が神に祈って授けられた子」だと語られています。

 

 

いかがでしょうか。聖母マリアを産んだヨアキムと聖アンナの物語も、桃太郎を授かった爺と婆の物語も、要素を取り出せば鏡のようだと感じられたのではないかと思います。

 

ゴウセル卿(ロベール)は「悪魔(キリストに敵対する者)の子」だという点が とかく注目されがちですが、伝承物語として素朴に見た場合は、そこは さしたる問題ではないかもしれません。

「不思議な出生」モチーフは、主人公が超自然的な出自の「特別な存在」であると示すサインに過ぎず、特定の宗教や地域に拠らない普遍的なものだからです。

 

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「悪魔の子」であることが問題ではないなら、どうしてゴウセル卿(ロベール)は あれほどに凶暴だったのか、と疑問を持たれるかもしれません。

 

実は、伝承物語の世界では、不思議な出生の特別な子…剛力無双の「英雄」が、少年時代は手が付けられないほど粗暴で、周囲に忌まれていたと語るものは珍しくないのです。(それゆえに故郷を旅立ち、敵と戦います。更生して姫と結婚して立派な男になる結末が王道ながら、英雄の悲劇的な死を語るものも少なくはありません。)

ゴウセル卿(ロベール)の悪行は特別に過激ですけれども、モチーフとしては、これも普遍的なモノだと言えます。

 

 

例えば、日本神話の英雄・ヤマトタケル

彼は双子の兄の手足をむしって殺してから便所に投げ込んだほど剛力粗暴で、恐れうとんだ父皇は、遠ざけるために、死にかねない過酷な遠征を次々と命じました。それが彼の武勲となります。

 

私たち日本の民話でトップの知名度を誇る英雄・桃太郎

現代では ほぼ無視された要素ですが、江戸時代の草双紙や各地の民間伝承では、幼い頃から並外れた怪力だったのみならず、長じるにつれ「手の付けられない腕白(粗暴者)」になったと語るものが見られます。

福島県で採取された例では、近隣の鼻つまみ者だったと語られています。困り果てた両親は、鬼ヶ島の鬼退治という、死にかねない過酷な遠征を彼に命じるのです。

「そのうちに桃太郎はだんだん おっきくなって、腕白ばかりして、あっちの家からも こっちの家からも付け込まれて困ってまって、爺様と婆様は「そんなに腕白ばかりしんだら、鬼ヶ島の鬼退治サ行ってコ 鬼退治できねえければ 家サ寄せねーぞ」とったもんだから、桃太郎は仕方なしに行ぐってったーど」

石川県の伝承では、15、6歳になると桃太郎は「だんくら坊(粗暴者、腕白の意)」になり、巨木を引き抜いてきて隣家の屋根に立てかけるなど、手に負えない悪戯を繰り返し隣家の主である じっと殿(地域の権力者らしい)にうとまれ、鬼ヶ島へ行き「鬼の牙」を取ってくるよう命じられたと語られています。

また、中国・四国地方で語られる桃太郎は、怠け者で働こうとせず、ついに重い腰を上げて山に柴刈りに行けば、大木を引っこ抜いたり大量すぎる柴を刈ったり、尋常ならざる仕事を楽々こなして戻ってくるのですが、持ち帰った大木や大量すぎる柴で意図せず家を倒壊させたり、両親を殺してしまいます

桃太郎は品行方正な優等生ではなく、大きすぎる力を持て余した破壊者であり、鬼ヶ島(冥界)行きという試練と贖罪を経ることで更生し、立派な男に成長して故郷に錦を飾るのです。

 

フランス、スペイン、ロシアや中国ウイグル族、南米ペルーにまで広がる民話『熊の子ジャン』の主人公たる英雄は、悪魔が人に生ませた子ならぬ、熊が人に生ませた子です。

熊が人間の娘をさらって岩で塞いだ洞窟(棲み処)に閉じ込めて男児を産ませます。その子が7歳前後に育つと、母を助けて岩をどけ、人里に脱出します。その過程で追ってきた父熊を殺したと語る場合もあります。

熊の子は毛むくじゃらだったと語られることもあり、大変な怪力で乱暴者。友達や教師に怪我を負わせたり殴り殺したりし、母親を困らせて近隣には憎まれます。居られなくなって故郷を出たり、恐れうとんだ地域の権力者(王や聖職者)が、遠ざけようと、次々と死にかねない過酷な遠征を命じる展開になります。

なお、家を出る前後に鍛冶屋に弟子入りし、怪力で道具を次々破壊して忌まれたと語られることもあります。

 

北欧やドイツで神話に語られる英雄・ジークフリート

ティードレクス・サガ』(13世紀)では、赤ん坊のときガラス容器に入れられて川に流された王子ジグルト(ジークフリート)は、鍛冶師ミーメに拾われ育てられましたが、12歳の時には剛力無双の粗暴者で誰も手が付けられず、ミーメの徒弟たちを ぶちのめし、鍛冶の仕事をさせれば金床かなとこ(ハンマー台)を叩き潰してしまうので、恐れうとんだ養父ミーメは、暴竜レギン退治を彼に命じたのでした。

また『不死身のザイフリート』(16世紀)でも、ニーデルラントの王子ザイフリート(ジークフリート)は大変な腕白で、困り果てた両親は顧問官たちの助言に従って彼を旅立たせた、となっています。少年は辿り着いた村で鍛冶屋に弟子入りしますが、剛力のあまり金床かなとこを地面にめり込ませてしまう。それを注意されても聞く耳を持たないどころか親方と徒弟をメチャクチャに殴ったので、恐れうとんだ親方は彼を森の中の菩提樹に行かせるのです。そこに恐ろしい竜が棲むと知っていたからでした。

 

 

少し脱線。

ジークフリートが しばしば鍛冶師の弟子とされていることと、ゴウセル卿が自らファルシオンを造ったと語られていることには繋がりがあるように感じます。

伝承物語において鍛冶師は魔的な存在で、放蕩者・悪魔・魔王・魔法使い(キリスト教的には悪)のイメージが付与されたり、反対に悪魔さえ出し抜き従わせる剛力で恐れ知らずの強者として扱われたりします。炎を用いて金属を変成し新たなものを創り出す鍛冶師に、昔の人々は魔力を感じていたのでしょう。

ゴウセル卿が自ら鍛冶をしてファルシオンを創り出したのは、「悪魔の子」であり「英雄」である彼に相応しい。

またジークフリートには、鍛冶師に剣を鍛えさせては金床かなとこに叩きつけて壊して「これじゃ役に立たない」と壊れない剣が出来るまで やり直させたエピソードもあるのですが、『熊の子ジャン』にも同様に、旅立つに当たって鍛冶屋に自分用の鉄棒かなぼう(鉄の杖)を注文し、これじゃ役に立たないと文句を言い、岩を叩いて強度を試すエピソードがあります。(槍や剣を試しては壊すのを繰り返し、最終的に満足しうる武具を得るエピソードは、古代ブリテン神話の英雄クー・フーリンにもあります。)

ゴウセル卿のファルシオンが大きく重くて他の誰も扱えなかったと語られているのと同様に、熊の子ジャンの鉄棒かなぼうも大変な重さで、彼の剛力でなければ扱えないものでした。

粗暴で剛力無双の英雄が周囲に忌まれて故郷を旅立つ際、鍛冶屋に造らせた重い鉄棒かなぼうを手放さず携えていく…というモチーフは、日本の民話『力太郎』や、その類話群に属する韓国やベトナムの民話でも見られるものです。

 

 

さて。最後に忘れずに挙げるべきは、ギリシア神話の英雄・ヘラクレスでしょう。 

王女アルクメネが主神ゼウスとの間に産んだヘラクレスは、赤ん坊の頃から恐れ知らずの剛力無双で、少年時代に詩文(読み書き)と竪琴を教えた師に体罰を与えられた際、逆上して竪琴または椅子で殴り返し、殺害してしまいます。正当防衛扱いになって法的には罰されずに済みましたが、恐れた父アムピュトリオンはヘラクレスをキタイロン山の牧地へ送って牛飼いとして働かせ、18歳までそこで過ごしましたが、体格大きく眼光は炎のようで、19歳の時には牛を殺す獅子を退治して、その皮を兜にして頭から被ったので、周囲は恐れをなしたといいます。

ヘラクレスはテーバイ王クレオンの娘メガラと結婚して王位を継ぎ、三~八人の子供をもうけましたが、ある日 発狂して(女神ヘラの神意とされている)我が子と妻を殺しました。犬猿の仲であるミケーネ王エウリュステウスの妻子だと錯覚したとされます。子供たちを火に投げ入れて焼き殺したとも、妻もろとも矢で射殺したとも、棍棒で殴り殺したとも言われます。妻だけは生き残って、ヘラクレスの甥に下げ渡されたという説もあります。

正気に戻ったヘラクレスはテーバイを去ってデルフォイアポロン神の聖地)へ向かい、エウリュステウス王に仕えよとの神託を受けました。彼にとって屈辱に他なりませんが、贖罪として受け入れます。

いつ王位を奪われるかとヘラクレスを恐れうとんでいるエウリュステウス王は、死にかねない過酷な遠征を次々と命じました。これが「ヘラクレスの十二功業」であり、彼の最も知られた武勲です。

 

 

伝承上の英雄として世界で最も知られているだろうヘラクレスも、元は手の付けられない粗暴者で、ゴウセル卿のように残虐で理不尽な殺人を犯していました。

狂気から覚めた後、自分の治めていた国を離れて宗教的聖地へ向かい、伝えられた神の言葉から贖罪の方法を指示されたこと。結果、王に仕える惨めな身になること。こうした話の流れも『ゴウサー卿』や『悪魔のロベール』と共通しています。

 

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さて。

この章が最後になりますので、もう暫く お付き合いください。(;^ω^)ゞ 

 

 

『悪魔のロベール』話群は、本来はアーサー王物語群とは全く関係ない話です。

なのに『ゴウサー卿』が その一端に数え上げられるのは、「この物語を伝承詩から見つけ出したので紹介します!」と高らかに語る作者が、ゴウセル卿の出生エピソードに「マーリンやアーサー王に そっくりじゃん!」と興奮し、しまいに「マーリンとゴウセル卿って異母兄弟に違いない!」と断言までしているからです。

 

 

いや、でも、ゴウセル卿の父とマーリンの父って同じ悪魔かなあ?

そうは思えないのですが。

 

マーリンの出生には「未婚の女性が相手無しに産んだ、その父は夢魔であり、夢で女性と寝て孕ませたのだ」という説があるので、夢魔=悪魔だから兄弟だ、という発想のようです。

しかし「悪魔が人間の女に産ませた」という要約文だけを読めば同じに見えても、実際の状況は全く違います。

 

例えば、ジェフリー・オヴ・モンマス『ブリタニア列王史』(12世紀)によれば、マーリンの母はウェールズの小国ダヴェドの王女で、修道女たちと共に教会で暮らしていましたが、皆と部屋に一緒にいたとき、突然、若く美しい男が現れて抱きしめられキスされた幻視をして、以降、姿が無いのに彼の声が聞こえる幻聴に悩まされるようになり、やがて彼と何度か寝て、知らないうちに妊娠していたと。

ヴォルティゲルン王の賢者モーガンティウスは、本や歴史に似た例が幾つもある、月と大地の間にはインキュバスと呼ばれる精霊が生息しており、部分的には人間、部分的には天使の性質を持っていて、人間の姿で現れたならば いつでも女性と寝る。恐らくその一人が この女性を孕ませたのでしょうと太鼓判を押した、と語られています。

 

マーリンの母は未婚で、子供を望んでいませんでした。男(夢魔)と逢ったのは幻覚の中で(彼女以外にその男は知覚されていない)、受胎告知もありません。中世キリスト教の修道女らしい幻視体験談です。

対してゴウセル卿の母は子供を切望する人妻で、その祈りに応じて男(悪魔)が果樹園に現れ、受胎告知がされています。これは神と人との神婚譚…キリスト教ではない、古い神話の名残りではないでしょうか。

 

木の下、井泉川の傍、果樹園、よく耕された畑に神霊が降臨し、神婚がなされて子宝(豊穣)がもたらされるという伝承物語、それに基づいた風習は、世界各地で見られるものです。

キリスト教の世界観では「悪魔」になりましたが、元々の形では、果樹園に現れた男は「神」だったのでしょう。

 

 

ゴウセル卿の母の前に現れた悪魔(神霊)は、どうしたことか、彼女の夫とそっくりの姿をしていました。そして普段の夫より魅惑的だったそうです。

神と人妻の結婚。そして「神」が夫と瓜二つの姿であったという奇妙な話にも、古い信仰の名残が感じられます。

 

古代エジプトファラオは神の化身を名乗り、王妃との婚姻は神婚であって、産まれた子は神の子なのだと定義していました。

紀元前15世紀エジプトの女王ハトシェプストの葬祭殿の柱廊には、アメン=ラー神が、ファラオ・トトメス一世の姿を借りて王妃イアフメスと交わったこと。(光輝と素晴らしい芳香に包まれていて、普段の夫より魅惑的だったそうです。)神は行為を終えると、女児が授かり王国の支配者になると告げたこと。よって産まれたハトシェプストは神の子なのだ、と示す壁画が文字ヒエログリフ付きで刻まれています。

 

王の権威を高めるために神、または神の子だということにしたい。しかし王は人である。

この矛盾をどうするかと考えたとき、人々は色々な「物語」を考案していったのでしょう。イエス・キリストの父はヨセフだが人なので神の子の父 足り得ない。そこで、マリアを妊娠させた真の父は神であり、ヨセフは妻に指一本触れぬまま夫として父として二人を護り養ったのだ、という「物語」を作ったように。

 

キングの元ネタのページで紹介した、ドイツの英雄叙事詩集ヘルデンブッフ『オルトニット』に登場する妖精王エルベリッヒは、ロンバルディアの皇帝オルトニットの実の父であると語られていました。というのも、先代皇帝が自分の妃を一時的に彼に譲り渡していたからだと。

また、その類話と思われるフランク王国の伝説に語られる妖精王アルベリッヒは、フランク王国の始祖メロヴィクスの「兄弟」であり、アルベリッヒはメロヴィクスの息子ウォルバートを親身に守護したとされています。

 

妖精王(神霊)が人間の王の「兄弟」? 自分の妃を妖精王に一時的に譲り渡して産まれた子を自分の子として養育し後継王にする?

 

この奇妙な「物語」も、先述のエジプトのファラオの例を併せて考えれば理解の道が開けるのではないでしょうか。

つまり、妖精王(神霊)は人の王の姿を借りて現れる。まるで「兄弟」のように姿が似た分身的な存在である。そして人の王の姿を借りた妖精王(神霊)は、人の妃に子を授ける。次代王は人の王の子であるが、実は神の子であり、かみの守護を受けている…。

 

ウェールズマビノギオン『ダヴェドの大公プイス』によれば、ウェールズの小国ダウェド(『ブリタニア列王史』でマーリンの母の生国とされている)の大公プイスは、異界アンヌンの王アラウン(妖精王)と一年と一日のあいだ、姿と立場を入れ替えたと語られています。

この物語では、プイスの姿を借りたアラウンは、何も知らぬプイスの妃に夜の床で誘われても決して手を出さなかったとされていますが、物語の根底にあるのは「妖精王(神霊)が人の王の姿を借りて顕現する」という概念ではないでしょうか。

 

 

ゴウセル卿が重い大刀ファルシオンを振るう粗暴な殺人者から贖罪の徒となったのと同じように、剛力粗暴の殺人を経て贖罪の徒となったギリシア神話の英雄ヘラクレス。彼はまた、ゴウセル卿と よく似た出生エピソードの持ち主でもあります。彼の母も「夫の姿を借りて現れた神と交わって、神の子ヘラクレスを授かった」と物語られているのです。

 

都市国家ミケーネの王族は英雄ペルセウスの血統。その一人たるアムピュトリオンは、ミケーネ王エレクトリオンの娘アルクメネと婚約し国を任される予定だったが、誤ってエレクトリオンを殺してしまったため追放刑を受けて(得るはずの王位を簒奪されて)、母の郷里である都市国家テーバイにアルクメネと共に亡命した。

亡き父の言いつけ通り処女を守るアルクメネが初夜の条件としたのは、七人の兄弟たちの仇であるタポス島を攻め落とし復讐を果たすこと。

試練を経てテーバイ王の助力を取り付けたアムピュトリオンはタポス島へ出陣。タポス王プテレラオスは、先祖代々の海神ポセイドンの加護により、白髪に混じって生えていた一本の金髪がある限り不死身(無敵)という強敵だったが、アムピュトリオンに恋したプテレラオスの娘コマイトが、隙を見て金毛を抜き取ったため勝利できた。(恋愛に目が眩んで父と国を裏切ったコマイトを、アムピュトリオンは殺した。)

アムピュトリオンは処女妻アルクメネの待つテーバイへ凱旋したが、貞淑な妻の純潔は既に散らされていた。というのも、大神ゼウスがアムピュトリオンの姿を借りて前夜(もしくは数時間前)に訪れ、初夜の床を共にしていたからである。

その男はアムピュトリオンそのもので、戦場で起きたことを正確に語り聞かせ、戦利品の黄金盃(本物)まで土産に持ってきたので、アルクメネは疑いもしなかったのだ。

アルクメネは当代最高の美女で、勇敢でもあり、彼女が草原を駆けても草の葉が折れないほど軽やかだとて「忍び足の王女」と綽名あだなされていた。大神ゼウスは彼女に恋したが、未だ処女とはいえ人妻、しかも貞操観念の強い女である。奸智わるぢえの神ヘルメスに相談したところ、彼女の夫の姿を借りて訪ねるがよいと提案された。

それでゼウスはアムピュトリオンの姿を借り、ヘルメスはアムピュトリオンの従者の姿を借りて従って、大神は念願を果たしたのだ。彼が太陽神ヘリオスに、ヘルメスが月の女神セレネに予め頼んでおいたので、月の船も太陽の馬車も なかなか動かず(または、月が三度昇った)、その婚礼の夜は普通の三倍もの長さになったという。

この交わりでアルクメネはヘラクレスを身ごもった。彼女が産気づくとゼウスは「今度産まれるペルセウスの血統者こそ、全ミケーネの王となる」と神々に告知したが、それを聞いたゼウスの神妃ヘラが、ヘラクレスの誕生を遅らせ、同じミケーネ王族のエウリュステウスを先に誕生させたため、ミケーネの王になる運命はエウリュステウスのものになり、以降の人生で二人は犬猿の仲となった。(ヘラクレスは贖罪としてエウリュステウスに仕えることになる。)

 

一説に、朝になって帰還したアムピュトリオンは一足遅れで妻を抱いた。結果として、神の子ヘラクレスと人の子イピクレスの双子がアルクメネの胎に宿った。

その後、揺り籠に入り込んだ二匹の蛇を平然と握り殺したヘラクレスの異常性に困惑したアムピュトリオンが預言者テイレシアスに相談したところ、大神ゼウスの子だと告げられた。アムピュトリオンは怒って妻を殺害しようとしたが、ゼウスが神意を示して止めたため、思いとどまったともいう。

別説では、何者かが…恐らく神が自分より先に妻と寝たことに気付いたアムビュトリオンは、栄誉に思って妻を責めなかったとか、或いは神の花嫁になった妻を恐れて二度と触れなかったと(聖母マリアと夫ヨセフの関係のように)語られることもある。

 

さて。この有名な「偽の夫」の神話には、『ゴウサー卿』の作者は触れていません。彼が類似を指摘したのは、マーリンと、そしてアーサー王の出生エピソードです。

そう、アーサー王の出生譚も、ゴウセル卿のそれとよく似た要素を持っているのです。多分、マーリンのものよりも。

 

アーサー王の父・ウーゼル王(ユーサー、ウーサー、ウーテルとも日本語表記されますが、ここは『七つの大罪』での表記に従います)が人妻に横恋慕し、彼女の夫に姿を変えて交わりアーサーをもうけた。そう記述された最古の文献は、12世紀の『ブリタニア列王史』です。

 

殺された次兄に代わって王位を継いだウーゼルは、かつて長兄から王位を簒奪したヘンギストゥス(ヘンギスト)の息子たちとサクソン人の同盟軍との戦いに勝利し、戦勝祝いとして復活祭に諸侯を招くことにした。

※中世の宮廷は常時開かれているものではなく、クリスマス、復活祭、聖霊降臨祭などの祝祭に合わせて開き、諸侯を集めて意見を交わすことが多かったという。

招かれた各地の諸侯が妻や娘を伴って宮廷に現れた中に、コーンウォール公ゴルロイス(ゴロア、ゴロワ)と その妻であるブリタニア一の美女イグレイン(イグレーヌ)もいた。

王ウーゼルは一目で彼女に熱烈に恋し、目は釘付けとなり彼女のことしか考えられなくなった。彼女にだけ絶えず新しい料理を取り分けてやり、腹心に取り運ばせて黄金の盃を贈った。

これらに気付いた彼女の夫は怒り心頭になり、すぐさま妻を連れて宮廷を退席した。誰もそれを止められなかった。

王ウーゼルは激怒し、宮廷に戻って侮辱を償えと命じたが、ゴルロイスは応じなかった。王は一層腹を立てて、ゴルロイスが速やかに無礼を取り下げて「妥協」しないかぎり、彼の国を亡ぼすと誓いを立てた。

 

彼らの怒りが互いに熱いまま直ぐに、王は大軍を結集してコーンウォールに進軍し、都市を攻撃した。

しかし兵の数で劣るゴルロイスは王と交戦しなかった。アイルランドからの援軍が来るまでは防御を固めるのが得策と考えたのだ。

彼は自分のことより妻の身を案じていたので、最も難攻不落と目していた海辺のティンタジェルの砦に彼女を入れ、二人揃って捕らえられる万が一の危険を考慮して、自身はディミリオックの城に入った。

これを報された王はゴルロイスの籠る街へ行って包囲し、全ての道を封鎖した。

 

一週間が過ぎると、イグレインに恋い焦がれる王は、腹心のウルフィン・デ・リカラドック(ウルフィアス)に言った。

「イグレインへの情熱は、彼女を得るまでは心の平安も体の健康も保てないほど激しいものだ。我が願望を遂げる方法をお前が助言してくれなければ、耐えがたい苦痛に私は殺されるだろう」

「誰が助言できるって言うんです」とウルフィンは言った。

「ティンタジェルの砦にいる彼女にどうやって近付くと? あの砦は海辺に位置し、三方を海に囲まれて入口は そそり立つ岩を貫く一か所だけ。男が三人いれば王国の全軍からでも防御できるでしょう。

それでも、これは私の見解ですが。預言者マーリンが この挑戦に真剣に取り組むのならば、あなたは望みを叶えられるでしょうね」

王は素直に信じて、包囲戦の自陣にマーリンを呼ぶよう命じた。

 

マーリンは王の面前に呼び出され、どうすればイグレインへの欲望を遂げられるか、助言を与えるよう命じられた。

彼は王の大いなる苦悩を見て取って、その あまりにも過大な愛に感じ入って言った。

「願望を遂げるには、あなたが今まで聞いたことが無いような技術を用いねばなりません。私は知っています、我が薬の効果で、ゴルロイスそのものの姿をあなたに与えられると。あらゆる点で彼に他ならない姿になるでしょう。

あなたが私の処方箋に従うのなら、まさしくゴルロイスの見目にあなたを変身させます。そしてウルフィンは彼の親友のジョーダンに変身し、私は別の姿になって 冒険の三人目に加わりましょう。

この変装で、あなたはイグレインがいる砦に安全に入って、彼女に受け入れられることが出来るのです」

 

王は この提案に乗り、細心の注意を払って行動した。

包囲戦の自陣の監督を近しい友人たちに委任すると、マーリンの医学施術を経験して、ゴルロイスの似姿に変身した。ウルフィンがジョーダンに、マーリンもブリセルになった。今や誰も彼らの元の面影を見つけられないほどに。

それから彼らはティンタジェルの砦への道を進み、夕暮れに到着して、統領の到着を門番に示した。門は開かれ、男たちは中へ入ることが出来た。

ゴルロイス自身がそこにいるように見えたのだ。どこに疑う余地があるだろうか?

それで王ウーゼルはイグレインと同衾して、彼女をすっかり堪能した。彼の装った化けの皮と、彼女を楽しませた巧みで魅力的な話ぶりに、彼女が騙されたからだった。

ゴルロイスに化けた王は語ったものだ。彼女のいる この砦、そして彼女の愛する己自身の安全のために、自陣をわざと包囲させたまま ここに来たのだと。 

彼の言葉を全面的に信じて、イグレインは彼の望みを一切拒絶しなかったのである。

それでその夜、彼女は最も有名なアーサーを身ごもった。その英雄的で素晴らしい行いは彼の名を後世に知らしめた。

 

その頃、包囲された戦場で王ウーゼルの不在が明らかになると すぐに、ゴルロイスの軍隊は軽率にも壁から攻撃を仕掛けて、周囲を挑発して押し寄せさせた。

ゴルロイスは彼の軍と同じように軽率に行動して、ほんの一握りの手勢で強力な軍隊に抗おうと考え、部下と共に打って出た。しかし戦端が開かれて すぐに彼は殺され、彼の臣下たちは総崩れになった。

街もまた奪い取られたが、全ての富が兵士たちに公平に分配されたわけではなく、幸運だった者、強かった者が、手当たり次第に略奪したのだった。

 

この臆面もない略奪の企ての後、使者が公爵の死と包囲戦の顛末の両方の報せを携えて、イグレインのもとに やって来た。

しかし彼らは、統領ゴルロイスそのままの姿をしたウーゼル彼女イグレインの傍らに座っているのを見て、死んだまま置いてきたはずの彼が無事に到着していることに驚いて、恥辱に打たれた。マーリンの薬が起こす奇跡など、彼らが知る由もないことだったから。

 

ゴルロイスの姿をした王はその報せに微笑んで、抱き寄せて公爵夫人に言った。

「あなたの目に私は死ぬことなく生きて映っているかもしれない。だが街が破壊され臣下が虐殺されたことを私は深く悲嘆している。王はここへ来て我らをも連行するだろう。その事態を防ぐために、私は彼のもとへ行って和議を結ぶつもりだ。最悪の災いを恐れるが故に」

彼は砦から出ると 直ぐに彼の軍隊へ行き、ゴルロイスの化けの皮を脱いで再びウーゼル・ペンドラゴンに戻った。

それから、手に入れたティンタジェルの砦へ、その中の、彼が焦がれて望んでいたイグレインの元へと戻ったのだった。

※ゴルロイスは生き残った民と妻のために覚悟の降伏をして、要求に従い妻イグレインを王に差し出して自分は姿を消しました、イグレインは前夫の許可のもと合法的に王の妻になりました、というのが王ウーゼルの書いた表向きの筋書きの模様。イグレインはそれに騙されたまま…。

なお、『ブリタニア列王史』以降に書かれたアーサー王ものの物語では、イグレインがウーゼルと再婚するまでのエピソードを長々と付け足して補完しているものが多いです。二人の結婚を正当化するために。実際、自分なりに噛み砕いて補完しないとモヤモヤしますよね…。

 

その後、ウーゼルとイグレインは互いに多くの愛情を込めて共に暮らし続け、アーサーとアンナという名の息子と娘をもうけた。

 

後に書かれたアーサー王誕生譚の多くでは、マーリンはウーゼル王の姿を変えてイグレインへの想いを遂げさせたのと引き換えに、二人の間に産まれた子(アーサー)を貰い受けたことになっていますが、この「最古のアーサー誕生譚」には そのエピソードはありません。アーサーは普通にウーゼルの子として成長しています。

 

ウーゼルとマーリンの この変身エピソードが、『ブリタニア列王史』作者の創作か、はたまた既に口伝で語られていたものを採録しただけなのかは判りませんが、夫の姿を借りて人妻に子を産ませる「物語」自体は紀元前から存在していたのですから、その枠にウーゼルやマーリンらキャラクターを当てはめて、アーサー王は神の子的な特別な存在なんですよ、と箔付けする意図で語られたのは間違いないのでしょう。

人妻に黄金盃を贈る、夫が戦場に出ていた隙に夫の姿を借りて人妻と交わるなど、ヘラクレス誕生譚と相似する要素が多いので、その神話を元ネタに、もう少し現実的な味付けにして(夫の姿を借りて現れたのは神ではなく、ただの間男だったのですから)創作したのではと推察します。

 

一つ見逃せないのは、ヘラクレスの神話ではヘルメス神が務めていた役に、マーリンが当てはめられているところです。

ヘルメス神は奸智の神で、赤ん坊の頃から起き上がって歩き回り、素晴らしい発明をしたり、物を鮮やかに盗んだり、アポロン神を呆れ感服させたという神話を持っています。

マーリンも同じように、子供の頃から悪知恵を発揮して、隠されていたことを暴き、問題を解決し、大人たちを感服させたと語られていて、イメージが似ているんですよね。

こうしてヘルメス神とマーリンが入れ替えられた例を見ると、昔の語り手たちも、彼らのイメージを重ねて見ていたのかな、と思えます。

 

 

 

さてさて。

長くなりましたが、ゴウセルの元ネタのゴウセル卿は、実は(元ネタの)アーサー王とよく似た出生譚の持ち主でしたとさ、という地点に着地してみました。

特に面白くなかったですかね?(;^ω^)

お付き合い ありがとうございました。 

 

 

 

 

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ズレた余談~。

私が『ゴウサー卿』を読むと思い浮かんでくるのは、ゴウセルよりもメリオダスだったりします。

魔神の子で、生まれつき剛力無双で多くを殺す粗暴者であったのが、あるとき改心し、神から試練を与えられて長年苦しむ。

人を殺せる暴力(刀)を捨てられなかったが、それを誰かを守るために振るうように変わる。

贖罪が果たされて神に認められた後、愛する姫と結婚する。

 

…ただ、ゴウセル卿が神から与えられた試練を「自身の贖罪」と考えて進んで受けているのに対し、メリオダスは「呪いを押し付けられた」と憎んでしかいないのですよね。

彼は、最凶時代や寝返りを含めて、自分のしてきたことに特段 罪を感じていないようです。エリザベスの呪いを自身の罪だと思っているかもしれませんが、それは神(親)のせいであって、自分は悪くなく、親を暴力で倒せば解決する…という流れに、今のところは なっている感じ?

表面的な流れは似ていても、「原罪」を基盤とし贖罪ものを大いに好む時代にキリスト教化内で培われた物語と、恐らくキリスト教徒ではない日本人作者の創る物語の、方向性の違い、というやつなのでしょうか。