読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

『七つの大罪』ぼちぼち感想

漫画『七つの大罪』(著:鈴木央)の感想と考察。だいたい的外れ。ネタバレ基本。

【元ネタ】ディアンヌ、マトローナ

元ネタ

※『七つの大罪』の主要キャラや事物に散見できる、アーサー王伝説などの古典や伝承が元ネタ? と思われるもののメモ。

 

ディアンヌ
 ⇒妖精の女王ティターニア

f:id:ikanimo:20150417180457j:plain

ディアンヌの元ネタは、シェイクスピアの『夏の夜の夢』に出る「妖精王オベロンの妃、妖精の女王ティターニア」と思われます。

以降、長い説明になりますが、宜しければご照覧下さい。

 

ディアンヌという名前は「Diane」のフランス語読みです。英語読みは「ダイアン」となります。この名は「Diana」(英語読みダイアナ、ドイツ語ディアーナ)のフランス語形で、ローマ近辺で信仰されていた女神ディアーナに由来しています。

 

ディアーナは古くからギリシアの女神アルテミスと同一視されていました。

一説に、アルテミスの名は「屠殺者」に由来します。獣(の肉をまとって異界から来訪する祖霊)を殺して、肉を人間の取り分とする、「自然の恵み」を象徴する神だったのでしょう。この女神に雄牛などの生け贄を捧げることも盛んに行われました。(雄牛なのは、女はオトコが好きだろうと思われたからだと思います。)一方で、矢で殺す神という面から「死ぬ定めの子供や産褥の床の妊婦を一矢で射て、安らかな死を与える慈悲の神」「矢で多くの人間を殺す疫病神」と考えられることもありました。

彼女は本来、森林の野獣を管掌する女王です。野獣を殺す猟師の姿で想像されますが、それ(山野の恵みである獣や果実)を育んで人間に与える母神なのです。(しかし、過剰に恵みを奪おうとする強欲な人間には、落馬させたり、道に迷わせて狼の餌食にするなど、罰を与えました。)豊穣、そして多産のご利益があるとされ、いつしか出産や子供の守護神ともみなされました。

日本でも山神は「多産の女性」にして「猟師の守護神」ですが、よく似ていますよね。山野の恵みで暮らす人々の「自然」への期待・敬意・畏れから生まれた神格ということでしょうか。

 

古く、彼女は「熊の姿を借りて現れる神」でもありました。古代のギリシア(アテネなど)には、少女が9歳を過ぎると適齢期(15歳くらい)までの一定期間アルテミスの神殿に仕えさせる慣習があったそうです。この処女おとめたちは雌熊たちアルクトイと呼ばれました。アルテミスの小さな分身になることで加護を受けるということでしょう。

この慣習が根底にあるのだろう神話が、大熊座(北斗七星)の由来として有名なカリステ―の物語です。

妖精ニンフ (小女神/精霊)カリステーは女らしい手仕事やおしゃれを好まない男勝りの少女で、アルテミスに仕え、お揃いの猟師の装いで山野を駆け巡っていました。アルテミスには同じような処女おとめたちが大勢従っていて、夜の闇の中、松明を掲げて山野を疾駆しては獲物を狩るものだったのです。(人間にとっては恐ろしい異界の存在ですね。うっかり遭遇したら狩られてしまうかもしれません。)

ところがある日、大神ゼウスが彼女に近づき、純潔を汚して妊娠させてしまいました。(ゼウスがアルテミスの姿に変身して油断させてコトに及んだ…という話が有名ですが、より古い伝ではゼウスもカリステーも熊の姿で結ばれたようです。熊神の神婚譚が原型のようですね。)

妊娠によってアルテミスの集団から追放されたカリステーは、出産の床で雌熊の姿になりました。嫉妬したゼウスの妻ヘラが熊に変えたとか、純潔の掟を破ったことに腹を立てたアルテミスが変えたとか、後世の語り手の付けた理屈は色々です。要は、これは偉大な熊神が部族の祖となる由来話なので、出産時には熊でなければならないのです。

一説に、熊になったカリステーが息子を生み落とすと、アルテミスはその矢で彼女を殺し、大熊座に変えたそうです。生まれた息子はアルカスと名付けられ(「アルクトス」に因む名前です)、アルカディア地方の父祖になりました。

しかし現在、この物語の結末は、ローマの詩人オウィディウスの『変身物語』で語られた、ロマンチックなアレンジ版の方が人口に膾炙しているでしょう。即ち、熊になったカリステーは山野に暮らし、息子アルカスは祖父(カリステーの父)に育てられる。15歳になったアルカスは母に似て狩猟を好み、狩りの最中に母である雌熊に出会う。息子愛しさに母熊が躍りかかってきたので、母とは知らぬ息子は槍を投擲する。悲劇が成就しようとした瞬間、大神ゼウスが母子を天上にさらって、大熊座(北斗七星)と小熊座(北極星)に変えた、という。

小熊座になってしまったらアルカディアの始祖になれませんね(笑)。物語の変形させられていく様は面白いです。

カリステーという名は、アルテミスの称号の一つ「カリストいと高き女」の変形です。即ち、彼女はもう一人のアルテミスというわけです。

現在、「熊」はアルテミスの聖獣とされています。熊は彼女自身であり、彼女の夫でもあり、使者でもあるというわけですね。

他にも、ライオン、鹿、狼、小鳥たちが彼女の使いだとみなされます。

 

やがてアルテミスは、セレネやポイベーなどの月の女神たちとも同一視されていくようになりました。猟犬たちを引き連れ夜陰を駆ける恐ろしい女神、という一面が、月の女神の闇の相である女神ヘカテーと似ていたからでしょうか。太陽と「理知の光」の神アポロンの双子の姉、というポジションに落ちついています。

現在、アルテミスやディアーナと言えば月の女神と解説されることが多く、ダイアナという名が好まれるのも、月の美しいイメージからのように思われます。

 

さて。

オウィディウスは『変身物語』の中でディアーナ(アルテミス)を、天と地の間に生まれた太陽神ソルの妹、巨人族の娘ティターニアと呼びました。

ギリシア神話では、天空の神ウラノスと大地の女神ガイアの交わりから最初の神族・ティターン(英語読みは「タイタン」)が生まれたとされています。彼らは空や海などの「自然」の概念の擬人化であり、巨人神でした。中の一人、クロノスが身勝手な父のウラノスから天空神の座を簒奪したとき、お前も自分の子に同じことをされるだろうと呪わしい予言をされたので、生まれた子供を片端から呑み込んでしまいます。ただ一人逃れた末の息子ゼウスは、成長すると兄弟たちを父の腹から吐き出させ、十年の戦いの果てに、ティターン神族の多くを地下深く、奈落の底に幽閉したのでした。以来、ティターン達が地下で暴れると大地が揺れ、地震が起こると考えられています。

 

ティターンと呼ばれる古い神々の中には太陽神ヒュペリオン、月女神ポイベーがおりますので、オイディウスはこれを、ローマの太陽神ソルと月女神ルナ(ディアーナと同一視される)に重ねたのでしょうか。

(一般的な系譜では、ポイベーはアルテミスの祖母とされています。とは言え、系譜も誰かが作った俺設定に過ぎません。ポイベーとは「輝く女(意訳すれば かぐや姫)」の意であり、月女神として信仰される際のアルテミスの異称でもありましたから、祖母だ孫だと分けて考える必要もないのでしょう。)

 

このディアーナの異称「ティターニア」を、月の女神ではなく「妖精の女王」に与えたのが、ご存知、イングランドシェイクスピアが書いた戯曲『夏の夜の夢』です。その大ヒットによって「妖精の女王ティターニア」というキャラクターは定番化し、多くの画家や作家に借用され、二次創作され続けていくこととなりました。

ティターニアの由来がギリシアの女神であるからこそ、シェイクスピアは、物語の舞台を「アセンズ」、即ち現在のギリシアのアテネに定めています。オベロンとティターニアは、アセンズの森を拠点にしつつ世界中を巡っていることになっています。

 

シェイクスピアはどうして、ティターニアを妖精の女王の名に使ったのでしょうか?

一説に、アルテミスがニンフ(処女の姿をした妖精~精霊~小女神)たちを引き連れて山野で狩りをする伝承から、妖精たちを従える女主人=妖精の女王という解釈をしたのではと言われています。

これは特異な考えではなかったようで、『夏の夜の夢』の翌年に発行された、スコットランド王ジェイムス六世(イギリス王ジェイムス一世)の『悪魔学』(1597年)でも、ダイアナとその侍女たちを妖精フェアリーとしています。

(尤もこちらは、信仰を集める異教の神を、妖精(無害~微悪)・悪魔(悪)・キリスト教の聖人(善)に定義し直してしまう、キリスト教的な考え方からでしょうが。)

 

ちなみに、妖精の女王と月の女神の同一視、なぞらえは、シェイクスピアの専売特許ではありません。『夏の夜の夢』(1595~1596年)よりやや早い、同じくイングランドの詩人スペンサーによる、(アーサー王伝説群の一つである)未完の長詩『妖精の女王』(1590~1596年)でも、妖精の女王グロリアーナは「ダイアナ(ディアーナ)」や「麗しのフィービー(ポイベー)」とも呼ばれ、讃えられています。

若きアーサー王子が恋い焦がれる妖精の女王グロリアーナ(「栄光」の意。湖水の精)のモデルは、当時のイングランド&アイルランドの女王エリザベス一世です。当時、彼女への忠誠を示すため、月の女神シンシアになぞらえて讃えることが詩や絵画でよく行われていました。ギリシア神話に、寿命の異なる月の女神セレネを永遠に愛するため、永遠の眠りを選んだ人間の青年エンディミオンの物語がありますが、「月の女神のように美しいエリザベス女王に、それほどの愛を捧げます」という意図だったようです。星の女神アストライアになぞらえられることもありました。スペンサーも同様の思いで「妖精の女王(エリザベス女王)」を月の女神と同一視して褒め称えたのです。

 

「妖精の女王」自体は、様々な伝承や創作物に登場する存在で、それぞれ異なる名を持っています。死んだアーサー王を異界アヴァロンへ導いたとされるモルガン・ル・フェイも妖精の女王と言われることがありますし、シェイクスピアも他の戯曲(ロミオとジュリエット)では、妖精の女王マブ(ケルト神話のメイヴ女王がモデル)の存在を語っています。 

 

しかしティターニアがそれらと異なるのは、夫たる妖精王オベロンと必ず対で登場し、犬も食わないケンカを繰り広げては仲直りしてラブラブになる、人騒がせで愛らしい様子が語られている点でしょうか。

『夏の夜の夢』は勿論、そこからキャラクターを借用して古典『ユオン・ド・ボルドー』オマージュのストーリーで語り直した、ドイツの作家ヴィーラントの叙事詩『オベロン』(1780年)でも、ティターニアはつまらない喧嘩で夫のオベロンを悲しみのどん底に沈めています(笑)。

それを基にしたウェーバーのオペラは、妖精界の庭で眠りつつ溜め息をついているオベロンを、周囲の妖精たちが「しっ、静かに。やっと眠れたんだから寝かせてあげようよ」と気遣っている場面から始まります。なんとまあ可哀想な旦那様!

こんなだったのに、終幕では、オベロン(と、彼の側近の妖精ドロル、妖精パック)の頑張り(と、巻き込まれた人間たちの苦労)のお陰で夫婦くっついてラブラブで現れるのですから、人騒がせで可愛いったらありません。

少々怒りっぽくてヤキモチ焼きで、手間のかかる奥さんなのです。(オベロンこそがヤキモチ焼きだと解説されることが多いですが、私はティターニアも負けていないと思います。)

オベロンはそんな妻と喧嘩したり手を焼いたりしつつも、結局は仲直りしたくて四苦八苦しています。

 

『夏の夜の夢』でのオベロン&ティターニアのエピソードは、キング&ディアンヌのエピソードに多く取り入れられていると思います。以下に抜粋的なあらすじを書いてみましょう。

==============

 今までティターニアが加護を与えてきたアセンズの公爵にして英雄シシュアスと、オベロンが加護を与えてきたアマゾン族の女王にして勇ましく美しい女戦士ヒポリタが結婚することになり、それまで別々に世界を巡っていた妖精王夫妻は祝福のためにアセンズの森に帰ってきました。

ところが夫婦は険悪です。インドからさらってきた新しい小姓(可愛い小さな子供)の所有権を巡って喧嘩しているのです。要は、ティターニアがその子供を溺愛しているものですから、オベロンは面白くなくてたまらないのでした。

ティターニアは、あなたは羊飼いに変身して笛を上手に吹いて人間の娘をナンパしていたでしょう、知ってるんだからと、オベロンに腹を立てています。こうなると売り言葉に買い言葉。お互いに、加護していたシシュアス/ヒポリタのことが好きだったんだろう浮気者となじり合い、「もう一緒に寝ませんから、近付かないで」と妻に言われたオベロンは大いに腹を立てます。

彼は一計を案じ、部下の妖精パックに「浮気花」を採ってこさせました。キューピッドの矢の落ちた先に咲いた、この真紅の花の汁を眠る者の瞼に塗っておくと、目覚めて最初に目にした者に恋してしまうのです。妻が適当な誰か(できるだけ変な奴なら溜飲が下がる)に夢中になっている間に小姓の所有権を取ってしまおうという算段でした。それで、眠っている妻の傍に忍び寄ると、そっと瞼に花の汁を塗って囁いたのです。「目が覚めて最初に見たものを、君の本当の恋人だと思うんだ」と。

やがて目覚めたティターニアが目にしたのは、森で劇のリハーサルをしていた職人の一人、ニック・ボトム。色男ですが、妖精パックのいたずらで、今はロバ頭の間抜け怪人になっています。たちまち恋したティターニアは、毛むくじゃらの頭や長い耳を愛で、花冠を作って飾り立て、抱きついて一緒に眠りました。

その隙に首尾よく小姓を手に入れたオベロンは、今度は妻が可哀想になってきました。それで、眠る妻の瞼に解毒の薬草の汁を塗り、惚れ薬の効果を打ち消しました。(ニック・ボトムの方も、元の姿に戻して人間達の方へ帰してやりました。)

まさに「目のさめた」ティターニアは「どうしてあんなおかしな夢を見たのかしら」と困惑しつつも、以降は夫と仲良く連れ立って、これまで見守ってきた人間のつがいたちの結婚を祝福したのでした。

f:id:ikanimo:20150419133839j:plain

==============

ハーレクイン(キング)が花を用いてディアンヌに術をかけ、結果として別の男(メリオダス)に恋させてしまうこと。ディアンヌが術から覚めかけた時の「きっと 夢を見ていたんだよ」というキングの台詞は、『夏の夜の夢』のオマージュでしょう。

また、ハーレクインとディアンヌが「つがい」と呼ばれた点も、『夏の夜の夢』のポピュラーな訳に「男と女一つがい」というパックの台詞があることに拠るのではと思います。

 

更に言えば、ハーレクインが闇落ちしたヘルブラムを殺す場面、白い薔薇で彼の胸を貫くと赤く染まりますが、これも、オベロンの浮気花についての説明で、キューピッドの金の矢が小さな花の上に落ちると「それまでミルクのように白かったそれが真紅に変わった」と述べているのに因むのかもしれません。

キューピッドの矢に撃たれて純白から真紅(和訳では真紅とされていることが多いですが原文では紫)に変わった浮気花には「貞節な女性(花)が男性(矢)と出会って恋に染まる」暗喩が込められているという説があります。同じように深読みするなら、ハーレクインがヘルブラムを殺して純白の花が真紅に変わる場面には、それまで無垢な楽園の住人だったハーレクインが、苦悩を知り血に汚れて楽園から放逐された、という暗喩が込められている…と勝手に深読みした解釈をすることも可能かもしれません。いや、考え過ぎですけどね(笑)。

 

なお、浮気花は原文では「love-in-idleness」です。「idleness」には「怠惰、無為、いい加減に遊んで過ごす」という意味があります。怠惰な愛は戯れの恋、即ち浮気だというわけですね。

七つの大罪』の作者がどこまで意図していたかは判りませんが、この辺りまでご承知の上で、妖精王としては無為な500年を過ごしたキングに<怠惰の罪>の称号を与え、『夏の夜の夢』の浮気花のエピソードをオマージュしたのだとしたら、大変深く考えて物語を作られたのだなと感心します。

 

「love-in-idleness」は想像上の花ですが、原種の三色スミレ/パンジー Pansy をモデルにしているとされます。(現在一般的に三色スミレ/パンジーと呼ばれているのは花の大きな園芸種です。)白、紫、黄色など様々な花色があり、名前がフランス語で「物思い」を意味する「パンセ pensee」に似ていたことから、白から紫に色の変わる恋の花、という設定をシェイクスピアは考え出したのだろうと。以上に因んだようで、三色スミレ/パンジーの花言葉は「私を想ってください、物思い」です。

 

一方、ハーレクインがディアンヌの記憶を消すために使った白い花は、マーガレットのように見えます。マーガレットの花言葉は「誠実・貞節、心に秘めた愛、真実の愛」です。

ところで、日本で一般にマーガレットと呼ばれている花(木春菊/パリスデイジー/Argyranthemum frutescens)は、フランスでマーガレットと呼ばれている花を改良した園芸種です。本来のマーガレットは日本ではフランス菊(オックスアイデイジー/Leucanthemum vulgare)と呼ばれています。こちらの方が、葉の感じなど、ディアンヌの記憶を消すのに使った花に より似ているかもしれません。

フランス菊の花言葉は「無実、忍耐と悲哀、寛容、夢見る」です。

 

実はマーガレットは、女性の守護神としての女神アルテミスに捧げられていた花なのです。そこに因んで「(女性が求めるべき幸せである)誠実・貞節、真実の愛」という花言葉が付けられました。ですから結婚式のブーケにも好まれます。

  

 

さて。

話が長くてゴウセルに怒られそうです。まとめると

  • ディアンヌという名前は女神アルテミスに由来する
  • アルテミスは夜の狩りが得意で、勇ましく美しい
    (ディアンヌも、『まちぼうけの妖精王』で満月の夜に人間の猟師の狩りを手伝って熊を仕留めていましたね。)
  • アルテミスの夫は、古い伝承の一つでは「熊」とみなせる
  • アルテミスの別名ティターニアは「巨人族ティターンの娘」の意味
  • 巨人族ティターン地震を起こす神
  • ティターニアは「妖精王オベロンの妻」たる妖精の女王の名前
  • ティターニアはヤキモチ焼きで怒りっぽい奥様

ということでした。

 

恐らくは「妖精王の妻」という地点から出発し、巨人族の娘という由来を拾い、アルテミスにまで遡って、ディアンヌという名前で完成したキャラなのだと思います。

  

戦鎚ギデオン
 ⇒英雄ギデオン 

ディアンヌの神器、戦鎚ギデオンについて。

ギデオンは『旧約聖書』に登場する人物の名前です。ヘブライ人の名士の若者で、神のお告げを受け、イスラエル人を周囲の部族から守る戦いのために人を集め、そのリーダーとなりました。異教の祭壇や神像を破壊し、神の奇跡を示すため、あえて300人だけで数万の敵軍を打ち破ったとされています。

勝利後、イスラエルの王になってくれと懇願されましたが断りました。けれど人々に王のように尊敬されていたようです。多くの妻をめとり愛人も持って、70人以上の息子をもうけました。

 

ギデオンはヘブライ語で「破壊者」を意味します。巨木を斬り倒せるような屈強の戦士をイメージした名前だそうです。

 

マトローナ
 ⇒モルガン・ル・フェイ

 ディアンヌの「ちょっとした昔の知り合い」にして「尊敬する人物」だというマトローナ。現時点でどういう人物かは不明ですが、名前の由来と思われるものだけ書いておこうと思います。

 

「マトローナ matrona」は本来、ラテン語で「(高貴な身分/ローマ市民/年配の)夫人、主婦、母」を意味します。社会的立場や経験のある既婚女性、尊敬に値する母ということですね。語源は「母」を意味する「マーテル mater」で、英語の mother とも親戚のような言葉です。余談ですが、ロシアの入れ子人形の名「マトリョーシカ」は、ロシアの女性名マトリョーナまたはマトローナの愛称で、これもラテン語のマトローナに由来しています。

 

偉大なる母・聖母は崇めるに値するもの。ローマでは「女神マトローナデーア・マトローナ Dea Matrona」のバリエーションとして、円ドームの下に2~3人の主婦マトローナが座って並んだレリーフ「マトロナイ Matronae」が信仰されていました。籠盛りの果物やパンを持つ女、赤ん坊に乳を与えたり子犬を膝に抱いている女、糸紡ぎなどの手仕事をしている女と、それぞれが理想の主婦性を示し、家内安全のご利益があるとされ、飢饉や疫病の際の家族の守護神として崇められたそうです。

それらの影響なのでしょう、ケルト文化圏にも「偉大な母、聖母」としてマトローナは伝わり、川(この世とあの世の境界)で服や物を洗っている洗濯女の姿で想像され、異界から現れて豊穣をもたらす川の女神と考えられました。フランスのセーヌ川の支流・マルヌ川 the River Marne は、女神マトローナに因んで、ケルト語の一派たるガリア語でマトラ Matra、ラテン語でマトローナ Matrona と呼ばれ、後に訛って「マルヌ」になったと考えられています。

 

ケルトウェールズ)でのマトローナは「モドロン Modron」とも呼ばれました。名前の意味は同じ、「聖母、偉大なる母」です。

ウェールズアーサー王伝説を集めた『マビノギオン』中の一編『キルッフとオルウェン』に、「モドロンの息子マボンマボン・アプ・モドロン Mabon ap Modron」なる人物が出てきます。

アーサー王の従兄弟である騎士キルッフが、円卓の騎士たちの助けを借りつつ、運命の花嫁オルウェン(ちなみに、巨人族の娘です)を得るために彼女の父(巨人族の王イスバザデン)に課せられた無数の難題を解いていきます。その一つとして「モドロンの息子マボン」の協力が必要だったのですが、彼は生後三日で母モドロンの元から誘拐され行方知れずになっており、探し当てて救い出す所からやらなければならなかったのでした。

マボンはケルト語で「偉大な息子」を意味し、ケルトで信仰されていた「若神マポノス youth god Maponos」がモデルだと言われています。マポノスは、若さ・詩や音楽といった芸術を司る神で、ギリシア神話アポロンと同一視されていました。

 

マビノギオン』では名前がチラッと出るだけの女神モドロンですが、伝説は色々あったようです。

ウェールズで信じられていた妖精に「金髪の人々タルイス・テーグ tylwyth teg」というものがあります。馬に乗って現れる美しい金髪の一族で、人間の金髪の子供を好んで妖精界に連れ去ってしまうと言われていました。気に入った人間に高価な贈り物をしますが、それを周囲に吹聴すると贈り物は消えてしまうと言われます。なにしろ美しい妖精族なので、人間を恋人や伴侶に選んで一定期間共に暮らすことも多かったそうです。しかし妖精界と人間界は時間の流れが違うため、妖精としばし共に過ごした人間が帰ると、故郷では数百年経っているという浦島太郎的な悲劇も起きたということでした。

彼らの住む世界は、他の地域の多くの妖精もそうであるように、裂け閉じる塚丘(古墳、山)の深部、水の底や水平線の彼方、地の底などにあります。それは竜宮城に相当する異界/冥界(あの世)です。

 

一説に、「金髪の人々タルイス・テーグ」の王、即ちウェールズの妖精王(冥王)の名は、アヴァスァッハ Afallach、もしくはアヴァロック Aballac といい、地下の異界または「アヴァロン」を支配すると言われました。そして、女神モドロンは彼の娘だったと言われているのです。

 

妖精王アヴァスァッハ/アヴァロックの名は、ウェールズ語 「果樹園 afalllen」に関連しており、「林檎(果樹)の島」と一般に解釈される極楽「アヴァロン」に繋がると考えられます。

15~16世紀のウェールズの文献『聖ティシリオのブルート Brut Tysilio』には「アヴァスァッハ島 ynys afallach」の言及があり、アヴァロン島のことだと解釈されています。

ちなみに『ブルート』や12世紀の『ブリタニア列王史』等では、アーサー王の剣カリバーン/カレドヴールフは、その島で作られたと述べられています。

一説に、アヴァスァッハは癒しの神ノーデンス(銀の腕のヌアザと同一視される神)の息子で、モドロンを始めとする九人の娘と共にアヴァロンに住み、その地を支配しているのだそうです。

 

さて。

ご存知の通りアヴァロンとは、死にゆくアーサー王が異父姉たる魔女モルガン・ル・フェイの小舟で運び去られたとされる異界/冥界です。

 

えっ、いくら魔女とはいっても「人間」が、死にゆく人を冥界に連れていくの? なんかおかしくない?

 

そう。

モルガンは、有名なマロリーの『アーサー王の死』(15世紀)などでは人間ということになっていますが、元の伝承では女神/妖精だったキャラクターなのです。(そもそも、「モルガン・ル・フェイ」の「フェイ」は妖精(的な女性)を意味します。)

マロリーのタネ本の一つとされる、13世紀フランスの『散文のランスロット』では、王の死の場面には、小舟で迎えに来た王の姉妹のモルガン(あの世から迎えに来た亡くなった親族?)と、舟中のアーサー王の傍らに見えた妖精モルガン(あの世の女神/死神)、二人のモルガンが別に存在していたように語られています。

 

12世紀にイングランドの聖職者によって書かれた『マーリンの生涯』によれば、モルガンは、モロノエ Moronoe 、マゾエ Mazoe、グリテン Gliten、グリトネア Glitonea、グリトン Gliton、ティロノエ Tyronoe、ティティス Thitis(ティティスを、ティティン Thiten とティトンThiton  という双子の姉妹に分ける説あり) ら九人の姉妹と共に「林檎の島」または「幸福の島」に住むそうです。(ここでは「アヴァロン」という名は出ていませんが、アヴァロンのことだと解釈するのが一般的です。)

その島は自然の恵み豊かで、耕さずともあらゆる作物や果物が実り、大地は植物だけでないあらゆる恵みを生み出し、住民は100年以上の寿命を持つ。九人の姉妹が心地よい法で統治している。最も美しい長姉のモルガンは、医術や科学知識に優れ、妹たちの教師でもあり、人を癒し、空を飛ぶ翼さえ作って遠い地へも飛んでいくと。

 

このモルガンの設定、似てますよね。九人姉妹の長姉でアヴァロンに住むという、女神モドロンに。

 

先に、アーサー王の剣「カリバーン」はアヴァロンで作られたと書きました。

この剣は、後代のアーサー王物語で「エクスカリバー」と呼ばれたものの原型です。イギリスからフランスに渡って語り直された物語が再びイギリスに逆輸入されるという数百年の流れの中で、アレンジやら翻訳やらでこね回されているうちに、語り手たちの幾つかの過ち・判断によって、名前が変わってしまったと推測されています。

 

エクスカリバーは「湖の貴婦人」なる妖精/女神によって水の中からもたらされ、アーサー王の死に際して再び湖に投げ入れられたと、マロリーを始めとする中後期の作者たちは語っています。そして一般に、アヴァロンは水平線の彼方か水底にある異界で、時には「湖の」どこかにある島だとも言われるのです。

そう。古い伝承から変わることなく、エクスカリバーも「湖の中の異界=アヴァロン」から もたらされたのです。

その異界を支配する「湖の貴婦人」たちとは、アヴァロンを治める妖精王の九人の娘たちそのもの、またはその眷族なのでしょう。

そして、「九人姉妹の長姉」とされるモルガン・ル・フェイは、古い伝承でその立場にいた女神モドロン、その人を原型とすると判断できるわけです。

 

 

ちなみに、似たような伝承への言及は、なんと1世紀のローマの地理書に既に出てきます。(ポンポニウス・メラ Pomponius Mela の『世界地理 De Situ Orbis』)

曰く、「ゴールの海、オフィスミシアン Osismii の海岸の向こうにあるセナ島は、ゴールの神の神託で有名である。ここには常乙女とこおとめたる聖なる女司祭が九人いるという。彼女たちはガリケネー Gallicenae と呼ばれ、特異な能力を授けられているので、呪文(歌声)で風や波を起こし、好きな動物に姿を変え、他の者には治せないような怪我や病気も癒し、未来を予知することができるという。しかしその恩恵を受けることができるのは、その島に辿り着くことのできた船乗りだけなのだ」と。

 

一説に、セナ島 Insula Sena とは現在のフランスのブルターニュ半島の沖にあるサン島を指し、その女司祭とは、ドルイド教の女魔術師ドルイダスだったと解釈されているようです。

 

 

さて。ブルターニュには、美しい婦人の姿をした妖精(族)、コリグ Korrig またはコリガン Korrigan の伝承があります。

 

予知・瞬間移動・鳥や鹿など好きな姿への変身・病気治癒などの力を持ち、美しい容姿をしていますが身長は2フィート(61cmくらい)を超えない。(ただし、人間と恋愛する時は人間サイズに変身しているようです。どの物語を見てもサイズの不便さを語ってないので…。それとも、男が小さい女の子フェチなのか?)唯一の着衣として長く白いベールを体に巻きつけている。(つまり、下着は穿いてません。)音楽を好んでいい声で歌いますが、ダンスはさほど好きではない。しばしば、泉の傍に座って髪を梳いている。その息吹は生命力と関わるので、彼女たちに息を吹きかけられた人間は(魂を吹き飛ばされて)死ぬかもしれない。

彼女たちは、冬が去って春が戻ると大きな夜祭りを開くそうです。水際の芝生の上に白いテーブルクロスを広げて珍味を盛り上げます。真ん中に水晶の杯があって、これが光輝くので灯りはいりません。杯の中身は宴会の終わりに皆で回し飲みますが、もしも人間がこれを一滴でも飲めば、神のように賢くなると言われます。ただし、人間が一歩でも近づこうものなら、全てがパッと消えうせてしまうだろうとも。

彼女たちは基本的に夜にしか現れません。一説に、夜の月明かりの中では非常に美しいが、日の光の下ではオバサンのようで醜いからだと言われます。

 

コリガン Korrigan の性質はスカジナビアに伝わるエルフと似ており、それを取り入れたらしく思われますが、名前の語源は別で、古代ゴール(ガリア)語の「ガリケネー Gallicenae」だと言われています。そう、ポンポニウス・メラが語った、セラ島の九人の女司祭の呼び名です。

バルザン・ブレーズの『ブルターニュ民謡集』(1846年)によれば、古代ブルターニュの詩人たちは「コリド婦人コリド・グエン」なる霊的存在を尊敬し、彼女には九人の処女が従っていると信じていたそうです。

つまりセナ島の九人の女司祭は、後の世には妖精とみなされていた。アヴァロンを九人姉妹で支配するモドロン、またはモルガンの伝承も、そのバリエーションなのでしょう。

 

 

かつて、モルガン・ル・フェイの原型を、北アイルランド(アルスター)の戦女神モリガンと見なす説が流布していました。なにせ同じケルトですし、英雄に愛憎を向けたり戦死者に関わる性格が近いですし、名前が似ていましたからね。

しかし現在、この説はほぼ否定されています。

 

これまで語ってきたように、現在の定説では、モルガン・ル・フェイの原型はケルトの女神~妖精マドロン(マトローナ)です。ではどこから「モルガン」という名が出てきたか。

実は、フランスのブルターニュ地方に「マリ・モルガン Marie Morgane/ Mary Morgan」と総称される、男を水底の宮殿に連れ去る海の妖精(人魚)の伝承があり、アーサー王物語がフランスで語り直された時、水系異界に住む女妖精という繋がりから、モドロンを、フランス人にとって より馴染み深い「モルガン」に呼び換えてしまった。それが真相だろうと、現在は言われているのでした。

(でも、「コリガン」という名前も、ちょっと「モルガン」に似ていますよね。)

 

ブルターニュには、リオネス王国によく似た、海に沈んで消えた王国イース(イス)の伝説がありますが、一説に、イースに滅びをもたらした王女アエスは、都市と共に海に沈んで マリ・モルガン(人魚)になったと語られます。

マリ・モルガンはヨーロッパの他地域の人魚たちとほぼ同じ性質を持ちます。美しい歌声で人を惑わす、水辺に近づきすぎた人間を水底へ連れ去る、水底に水晶か金で出来た宮殿を持っていて気に入った人間を歓待し宝を与えることがある。晴れた日には浜辺で金髪を梳いている様が目撃される、等々。

ブルターニュ語で「mor」は「海の」、「ganet」は「生まれる」を意味しますので、モルガン Morgane という名には「海で生まれたもの」という意味があるとされています。

 

さてさて、話が長くなりすぎたでしょうか。 

モルガン・ル・フェイは、元々の伝承では女神モドロン(マトローナ)で、アーサー王伝説がフランスに移入された際に、名前が「モルガン」に変更された、と。ここまでお話ししました。

 

アーサー王物語は、やがてフランスからイギリスに逆輸入されましたが、「モルガン・ル・フェイ」の名は定着しました。

とは言え、マロリーら当時の語り手たちも、「モルガン」が元は「モドロン」だったことを忘れたわけではなかったようです。

 

マロリーの『アーサー王の死』では、モルガンはゴール王ウリエンスと結婚し、息子ユーウェインをもうけたことになっています。

実は、これには元ネタとなる伝説があり、それが女神モドロンの話なのです。

 

ウェールズの伝説によれば、現在のイングランド・カンブリア州辺りにあったレゲッド Rheged 国の王ウリエン Urien が、女神モドロンと神婚を結んだとなっています。

曰く、夜毎に犬の群れが吠え狂っているような声の聞こえる「咆哮の浅瀬」という場所があり、ウリエン王は怪異の正体を探りに行く。しかしそこにいるのは水辺で何かを洗っている洗濯女だけ。こんな真夜中に? 彼はその女を捕らえようとした。女は動じず、私はキリスト教徒の男によって子供を産むまで浅瀬で洗濯をし続けなければならない呪いにかかっていましたと言い、彼の来訪を喜んだ。彼女はアヴァスァッハ Afallach の娘だと名乗り、年の瀬にはあなたの子供をお見せしますと言った。こうして二人の間に生まれたのが、息子オワイン Owein と娘モルフィズ Morfudd の双子である、と。

 

ウリエン王は6世紀頃の史実上の人物で、息子のオワインは6世紀末にイングランドを撃退したとされる人物です。

ウリエンとオワインはアーサー王伝説に取り入れられてキャラクター化し、モルガン・ル・フェイの夫ウリエンス(でも彼女に暗殺されかける)と、その息子である「獅子の騎士」ユーウェイン(イウェイン/イヴァン)になったのでした。

(ユーウェインは、フランスのクレティアン・ド・トロワの『イヴァン、または獅子の騎士』によれば、泉の向こう側にある異世界に乱入して、その世界の王で泉を守っていた黒騎士をぶち殺し、彼の妻を寝取ります。異界の王の座を簒奪したわけです。※この話ではモルガンの息子ではありません。)

 

 

 

アヴァロン島のモルガン(モドロン)の伝承はバリエーションが多く、語り手によって名前や立場は変わります。要は「極楽を支配する女神」なのであり、日本人にとっての「竜宮城の乙姫」くらいのもので、そこさえ押さえておけば、語り手の裁量で好きに変えることができたのでしょう。

 

12世紀フランスの詩人クレティアン・ド・トロワの騎士物語『エレックとエニード』では、アヴァロンの王はギンガマルス Guingamuer という黒騎士で、モルガンはその恋人だと語られています。

ギンガマルスとは、アヴァスァッハ/アヴァロックのような神/妖精王なのでしょうか?

いえ、少し違います。

実は、同じく12世紀のフランスで流布した短編物語に『ギンガモール』なるものがあり、恐らく、その主人公「ギンガモール Guingamor」と「ギンガマルス」は、パラレル的ではありますが同一人物だと思われるのです。それによれば、彼は人間の英雄です。

曰く、ブルターニュ王の甥・勇猛な騎士ギンガモールが、伯父の妻たるブルターニュ王妃(伯母)に不倫を迫られ、断ったために恨まれて、神獣(白いイノシシ)を狩りに行かねばならなくなります。

死を覚悟して出発し、それを追って川を渡ると異界に入り、泉で水浴びしている美しい乙女に出会います。全てお見通しの様子な彼女こそが、この地を支配する女主人で、ギンガモールはその恋人になりました。

楽しい日々を過ごした後、故郷が気になって帰省すると、既に300年経っていて知り合いは皆死んでいました。

失意しつつ恋人の待つ異界へ帰る道すがら、「向こうへ帰ったら、再び川を渡ってこちらへ戻るまでは何も食べてはなりませんよ」と彼女に忠告されていたのを忘れて、道端の林檎を三つもいで食べました。

たちまちギンガモールは老人になって馬から落ち、死ぬばかりとなりました。たまたま立ち会った炭焼き男に看取られつつ悲しみに打ちひしがれていると、侍女を一人連れた恋人が馬を駆って現れ、叱ってからギンガモールを馬に乗せ、舟で異界へ連れ帰った。これを見届けた炭焼き男が、顛末を世に語り伝えたということです。

 

これは日本の『浦島太郎』の類話ですが、湖の貴婦人たちに小舟でアヴァロンへ運び去られたアーサー王の死の場面を連想させるものでもあります。

ギンガモールが川を渡って至った異界がアヴァロンであり、その女主人がモルガンであった。それは浦島太郎が海を潜って至った異界が竜宮城であり、その女主人が乙姫であったことと、骨子的には同じです。一説に、浦島太郎は老人になって死んだあと、魂は竜宮に戻って乙姫と鶴亀の夫婦神になったとされています。ギンガマルス/ギンガモールが異界の王とみなされるのと変わりません。名前はいくらでも交換することができます。

例えば、「アヴァロン」は同じく異界である「アンヌン Annwn」または「アンヌヴン  Annwfn」と同一視され、名前を交換されて語られることがあり、「女神マドロンはアンヌンの王の娘」と語られることもあるわけです。

アンヌンの王はアラウン Arawn という灰色の衣をまとった男で、死者の魂を追い、猟犬たちと共に空をかけるとされます。

この狩りは、いわゆる「荒ぶる狩人ワイルド・ハント Wild Hunt」のバリエーションですね。北欧からイギリス、フランスを中心にヨーロッパに広く伝わる民間伝承で、夜、風に乗り、死者や魑魅魍魎を伴として引き連れ、天空を疾駆して死者の魂を狩る人ならぬ王(冥王)のこと。和風に言うなら百鬼夜行といったところです。うっかり遭遇した人間は魂を狩られてしまうかもしれません。

夜の狩りを行う冥王は、これまた地域によって名前が交換されています。オーディン神だの実在の英雄だの、時にアーサー王だのと様々な名で呼ばれますが、「妖精王」であると言われることもあります。アルテミスがニンフたちを引き連れて行う夜の狩りも、このバリエーションの一つでしょう。

 

 

話を少し戻して、モルガンの夫とされるギンガマルスのこと。

ギンガマルス/ギンガモールの物語を下敷きにしたアレンジでしょう、13世紀フランスの『散文のランスロット』では、モルガンは人間の少女で、若き騎士ギオマール Guiomar と恋をしていたと語られています。

お判りの通り、ギオマールという名はギンガマルスやギンガモールのバリエーションですね。

この物語のモルガンは、アーサー王の妃グネヴィアの侍女。ギオマールはグネヴィアの甥でした。(ギンガモールがブルターニュ王妃の甥だったのと相似。)王妃は二人の同衾を目撃して激怒し、このことをアーサー王に知られたらどうなると思いますかとギオマールを脅して、二人を別れさせてしまいます。既にギオマールの子を身ごもっていたモルガンは恨み、城を出て子を産んだ後、魔術師マーリンに弟子入りして魔術の力を得ました。そして、後に王妃と騎士ランスロットの不倫を告発しようとしたり、他の騎士たちの恋愛にも横槍を入れたり、悪役的なポジションで活躍することになるのです。

その200年後に書かれたマロリーの『アーサー王の死』でのモルガンが、やはり女神ではなく人間で、異父弟のアーサーを父の仇と憎んでいて、アコーロンという愛人の騎士(結ばれない定めの恋人)がいたり、悪役的に立ち回るのは、前述の『散文のランスロット』をタネ本にしているからだと思われます。

 

いやはや。数百年に渡って無数の作者たちが二次創作・オマージュ・アレンジをした結果、キャラクターは思いもよらない方向に変化していったんですね。

漫画『七つの大罪』も、そうしたアーサー王物語群の一部に加わることになるのでしょう。この漫画のマトローナ(モルガン)はどんなキャラになるのか、楽しみです。 

 

 

最後に一つ、モルガンの物語で個人的に面白いと思っているやつを。

15世紀イタリアの『恋するオルランド』という叙事詩中に登場するモルガン(イタリアではファタ・モルガーナ)のエピソードです。

 

フランク王国カール大帝シャルルマーニュ)の甥である聖騎士オルランド(ローラン)は、カタイ(スキタイ)の美姫アンジェリカに猛烈に恋い焦がれ、彼女を探して世界中を放浪して様々な冒険を繰り広げました。

しかしアンジェリカの方はその気が無く、厄介なストーカーをどうにかしようと、魔女ファレリーナに囚われている騎士達を救ってほしいと依頼してきたのです。

何も気づかぬオルランドが単身、魔女の城に攻め入って、その庭園(美しい楽園)を荒らし、魔女を木に縛り付けたところ、本当に騎士たちを捕らえているのは、彼女より上位の存在である湖の貴婦人ファタ・モルガーナだと白状しました。そこでオルランドは、今度はファタ・モルガーナの城に攻め入って、果樹や花で満ちた輝かしい庭園に踏み込みました。

白と赤の衣をまとったファタ・モルガーナは泉の傍で眠っていました。大変に愛らしく美しい容姿なのに、何故か前髪ばかりたっぷりで、後頭部はつるっぱげです。

「成功したいなら、その妖精の前髪を掴みなさい」と誰かが言うのが聞こえました。見回せば、一人の乙女が水晶の中から呼びかけているのでした。彼女が言うには、モルガーナから鍵を入手しなければ、自分を含む囚われの人間は誰も救われないと。

オルランドが再びモルガーナのところに戻ると、彼女は目覚めていて「この森を訪れた者は全てを得るだろう。私の前髪を早くつかめ、そうすれば幸せになる。だが躊躇してはならない、飛び去りゆく祝福は止まってはいないのだ」と歌いながら泉の縁を舞い踊っていました。オルランドに気付くと サッと飛んで逃げました。

オルランドは追いましたが、急に空が搔き曇って嵐や雷や雹が叩きつけて邪魔をするうえ、洞穴から鞭を持った青白い女が出て来て、付きまとい、「すぐにチャンスを掴まないからよ」と責めながら、後ろから強く鞭打って苦しめるのです。

逃げたファタ・モルガーナは「幸運」であり、鞭の女は、その幸運を逃した「後悔」なのでした。

悔しさで発奮したオルランドは何度も手を伸ばして掴もうと挑み、モルガーナの赤と白の服は少しずつはぎ取られていきました。ついに、一瞬の好機をモノにして前髪を掴むと、鞭の女は洞穴に消え、荒れていた天候も収まりました。

こうしてオルランドは、観念したファタ・モルガーナから、囚われの騎士達の牢獄を開く銀の鍵を入手したのです。
(即ち、あの世に捕らえられていた人々をこの世に連れ戻した。死者を生き返らせたという暗喩です。水晶の中から語りかけてきた乙女も死者の魂だったというわけですね。牢を開く銀の鍵は上手く使わねば使用者を破滅させるというものでしたが、幸運をゲットしていたオルランドは一発成功しました。)

 

さて、どうでしょう。

「チャンスの女神には前髪しかない」という言葉を聞いたことがありませんか? 実は、これはイタリアの言い伝えだったんですね。

ここでは、モルガンに幸運を司る女神の役が与えられています。

ちなみに、彼女に前髪しかないのはこの物語だけで、他では後頭部にもちゃんと髪がありますのでご安心ください。

「幸運はすぐに逃げてしまう」と教えるためだけに、彼女はこの姿で現れた。いやあ、体を張ってます。私は、この話でモルガンへの好感度が ダダ上がりました(笑)。

 

 

さてさて。話がすっごく長くて済みませんでした。

まとめです。

  • マトローナは「偉大な母、聖母」という意味の言葉
  • 女神マトローナはケルトの女神
  • 女神マトローナは、アーサー王伝承で大活躍するモルガン・ル・フェイの原型
  • モルガンは、死者の都~妖精界(アヴァロン)を支配する妖精王の娘だとか、妖精王の母だとか、女王だと言われることがある

 

この記事を書いた時点で、ディアンヌの過去は明かされていません。

ただ、ディアンヌの<嫉妬の罪>には間接的にキングが関わっている、という情報だけは、作者がファンとの交流会で明かしています。

ディアンヌの昔の知り合いだというマトローナも、元ネタから見るならば、妖精王に関わる存在になる可能性がありそう…?

どうなるでしょうね。

 

web拍手 by FC2

広告を非表示にする